ユーフェミアの哲学 ——「怒りの経済性」
ユーフェミアはパンの欠片をつまみ、指先の屑を鳥へ放った。
小さな翼が芝生を震わせ、粒の数を正確に分配するようについばむ。
その様子を眺めながら、彼女はゆっくりと口を開く。
「熱量は有限資源よ。
不毛な感情に割けば、未来の生産性が削れる。」
声は囁きでも説教でもなかった。
グラフの読み方を説明する講師の声。
そこに怒りを鎮圧する意図はない。
ただ、現実を最短距離で述べているだけ。
王子は口を開きかけ、言葉を失った。
怒りの刃を研いでいた自分が、経済学の入門講義に遅刻した学生のように思える。
英雄譚の剣は、収支表の赤字項目に変換されてしまった。
ユーフェミアに「敵」という概念は存在しない。
敵対心は対処すべきハザードではなく、
“現場で発生した余剰熱”に過ぎない。
彼女の世界で、人間は二種類に分類される。
“改善不能な変数”——つまり、設計の外にある岩盤。
“最適化可能な資源”——つまり、整える余地のある土壌。
敵も、宿命も、決闘も、その分類には含まれない。
王子「俺は……君を倒さなければならないんだ」
その言葉には、懇願にも似た震えがあった。
倒すことで自分の存在を肯定したい。
倒されることで英雄の輪郭が完成する。
彼の人生はその軌道に沿って組み上げられてきた。
だがユーフェミアは、首を小さく傾げるだけだった。
ユーフェミア「倒す……?
あなたの夢の敵役として、私を配置しないで。」
まるで他人の机で勝手に書いた台本にサインを求められたかのような困惑。
拒絶ではない。
その物語の発注書に自分の名前がないと告げているだけ。
その瞬間、英雄物語は軸から崩れ落ちた。
悪役は立ちはだかるべき障壁ではなく、観測者の頭の中にだけ生息する幻影。
王子の剣は抜かれる前から鈍り、
世界そのものが決闘の舞台装置を拒否する。
風が静かに芝を撫でた。
鳥がパン屑を全て拾い終えたとき、
—英雄譚の輪郭は完全に霧散していた。




