演説の沈没 ——「誰にも届かない声」
壇上に立つ。
王子は胸を張り、喉に魔力を満たした。
――ここから歴史が始まる。火蓋を切るのは自分だ。
英傑譚の序章は、いつだって孤高の決断から幕を開けるのだ。
光幕が天井に広がる。
ユーフェミアの政策実績が、冷徹な銀字で並ぶ。
疾病治療率 99.8%
不登校率 0.03%
魔法暴走事故 0件
試験成績中央値 +27%
そこに添えられた罪状は、ひどく滑稽ですらあった。
【罪状:人間性の侵害】
数値の列と、その文言。
彼自身が掲げた断罪の旗は、統計資料の海で溺死しようとしている。
王子は大きく息を吸った。
「我らは――英雄を必要とする民族だ!」
魔法補助が音量を拡張し、天井が震えるほどの響きがホールを満たす。
響く音圧だけは完璧だ。
しかし、返ってくるのは反響ではなく、摩擦ゼロの沈黙。
前列の女子生徒は、淡い光を放つタッチペンでノートに数字を打ち込み続けていた。
イヤホンの奥で何を聴いているのかは知らない――王子には知る由もない。
ただ、彼女の指先の動きは一定で、恐怖も嫌悪も持ち合わせていない。
講師の一人がスクリーンを見上げて呟く。
「中央値の伸び……去年よりも持続性が高いですね」
「高いですね」で終わった。
驚愕でも批判でもない。
ただのデータ観察――昼下がりの雑談の延長にすぎない。
王子は動揺を隠すべく、さらに声を張る。
「彼女は人々の戦う心を奪った!
我らの誇りを虚無へ――」
しかし、その言葉の尻尾を自動校正魔法が丸めてしまう。
暴力的な熱は緩和され、大学講義の要約のように整流される。
観客席の後方からは、紙をめくる音やラップトップの打鍵音だけが聞こえる。
王子の胸に、違和が広がった。
怒りではない。
理解されない悲嘆でもない。
——音声出力のテストをしている虚構の自分を、俯瞰してしまう恐怖だった。
彼は続けた。声の温度を上げ、語彙を巻きつけ、激情の名を借りた炎を吐く。
だが、観衆は炎を恐れない。
地面に落ちた火種を、備え付けの魔力冷却装置が自動で吸い上げてしまうように。
生徒C「……あ、今の説明で効果分散の範囲わかったかも」
生徒D「ユーフェミア先生の集中補助、やっぱり切れないな」
彼らは彼の言葉を政策運用の副産物として処理している。
討伐宣言ではなく業績報告のダミーデータ。
王子は震えた。
それは演説の昂揚ではない。
英雄譚の舞台が、観測者の不在によって無限に沈んでいく恐怖。
――もしも、この世界がもう憎悪を必要としていないのだとしたら。
彼の声は天井に届く。
しかし人々の心には届かない。
統計の後ろにいる“人間”は、黙って幸福を享受しているだけだった。
その幸福の平板さが、彼の刃を根本から折り曲げていく。




