表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
161/273

魔法が“治療”から外れる瞬間

剣術大会の夜は、敗者の呻きと血の匂いで満ちていた。

観客席のざわめきは遠雷のように揺れ、医務室には救護班が慌ただしく駆け回る。

その中心で、ユーフェミアはひとり静かに椅子に座っていた。


負傷したのは名門ハウンド家の三男、ライサンダー。

右腕に走る粉砕骨折は、通常ならば数ヶ月の離脱を余儀なくされる。

剣士にとっては選手生命の断裂。

彼の呼吸は乱れ、痛みで視界が白く霞んでいた。


「待ってくれ……まだ、俺は……」


自分の未来を掴む手が折れたと悟った瞬間、

男の声は獣の鳴き声に近づく。


ユーフェミアは立ち上がる。

優しい声も励ましもない。

ただ掌を彼の胸郭へ置くだけだ。


淡い光が、呼吸の鼓動に合わせて拡散する。

治癒魔法の儀式にありがちな祝詞も、流麗な詠唱も存在しない。

**“調整”**という言葉だけが似合うほど、冷静で無感情な光。


――骨の形状が戻る。

――筋繊維が絡み直す。

――神経束が整列し、伝達経路が補強される。


痛みは消えた。

だがそれだけでは終わらなかった。


ライサンダーはぼんやりと握り拳を作る。

力を籠めた瞬間、小さな破裂音が手の中で鳴る。

それは筋肉が跳ねる爆ぜ音。

本人ですら知らなかった潜在値が、無言で解錠された。


「……軽い。剣を振るより、指を動かす方が楽だ」


医務室の空気が凍りつく。

周囲の治癒師は理解できない。

回復直後には、痛みの名残や痺れがあるはずだ。

再発防止のための安静が必要だ。


ユーフェミアだけが、微笑を浮かべた。


「あなたの神経伝導速度は、以前より一・一五倍に整いました」


整った。

治ったではない。

改善されたのだ。


その夜のうちに噂は校内を巡った。

折れた剣士が翌日、自己記録を塗り替えたと。

翌朝の臨時模擬戦では、人々は目撃する。


ライサンダーは一歩踏み出した瞬間、空間ごと加速した。

脚の振り抜きは以前の反射を置き去りにし、

相手の剣が視界に入るより先に切っ先が喉元へ届いた。


観戦席から漏れた声は、賞賛でも感嘆でもない。


「回復じゃない……成績の前借りだ」


そこから世界の関係性が崩れる。

癒しは傷を戻す行為ではなく、性能を最適化する行為となった。

疲労は敵ではなく「未処理のリソース」になり、

精神の乱れは「調整不足」と診断される。


誰も気づかなかった。

その瞬間、ユーフェミアの魔法は医療から産業へ、

救済から支配へと静かに転換していたことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ