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笑い

それは極夜が終わりを告げようとしている根生い月の蜂の刻のこと

知無しの森と呼ばれる森の木々をすり抜けていくひとつの影があった

様々な音が入り混じり森自体が低く歌っているかのような錯覚さえ覚える暗き森の中を

影は迷うことなく走り続け、樹齢1500年はゆうに超えようかというカヌイの木の前で動きを止めた


木の根本にはヒカリダケが薄く光を放っており、森の音の指揮を執る指揮者の如く枝葉を揺らすカヌイの木を照らしていた。

ヒカリダケの薄淡い光は動きを止めた影を闇から浮かび上がらせた

そこには全身灰色の一匹の狐の姿があった。

絹のような光沢の尻尾を揺らしている

路露に濡れた灰色の毛はヒカリダケの光を乱反射させ、その姿は森を静寂に変えるほどの病的な美しさを有していた


「遅かったのう」

それはカヌイの木が声を発したかのように低く落ち着いた優しい声色だった

「まだ蜂の刻でしょ」

狐が声の主を探しながら答えた

「まもなく蟻の刻だ」

声の主はカヌイの木の枝に止まった笑い梟であった。

森の闇よりも漆黒な身体に赤い嘴が左右に広がって笑ったように見える


見上げた先にその姿を見つけ安心した狐は辺りを見渡しながら小さくつぶやいた

「相変わらず刻に拘るのね 極夜の闇に時の刻みなんて意味ないのに。。」

「聞こえておるぞ」

梟は苦笑いしながら続けた

「刻と森の番人として存在する我々は誰よりも時の流れを守らねばならぬことは知っておろう?

極夜の闇だからこそ 拘るのだよ ヒミト」

「その呼び名で呼ばないで!」

ヒミトと呼ばれた狐は尻尾を膨らませ 尻尾と同じ灰色の目で梟をにらめつけ声を荒げた

怒気を含んだ声は森の中によく響いたが

その声に驚きもせず梟は応えた

「ここでは真の名で呼ばぬと魂が浮ついて森の木々に絡みつく

 そうなると森から出られなくなるのでな 許せ」

ヒミトの発した声の行方をたどるように首を回したため、笑い梟はさらに笑ったように見えた


その動きでさらに険を増したヒミトは噛んだような低い声で梟に問うた

「で、花は咲くの?ラフ爺」

「そう急くでない 時だけは何に対しても平等だ 骨落の花とて例外ではない もう間もなく咲く」

ラフ爺と呼ばれた梟を睨みつけたヒミトの目は鈍い光を放っていた

「綺麗な目と声をしておる 吸い込まれそうな程に」

狐の覇気は木の上までは届かぬとばかり笑みをたたえヒミトを見返しながら梟はさらに優しい声でつぶやいた


これ以上睨んでも意味がないと悟ったヒミトはため息を交えながら聞いた

「で、骨落の花はどこ?今日こそ持ち帰って。。。。」

「持ち帰りホフラ殿に飲ますのか」

「そのためにここにきたの あのままでは父はもう長くない」

「ホフラ殿も災難よのう あの益荒男ホフラが・・・」


骨落の花 青き花がつけたその実は薬として珍重され飲めば身体に害をなす異物や骨を体の外に出すという。

しかし咲くのは一瞬で、すぐにその花弁を散らし種子となり地に落ちる こぼれ落ちた小さい種子を見つけるのは不可能に近い

種子を手にしたければ花が咲くその瞬間に花の前にいること

幼いころ、その話を聞いたヒミトは骨落の花を探しに知無しの森に何度も足を運んでいたが見つけることが出来ずにいた


どうやらその花はとても小さくて見つけにくく森を知り尽くしたものでないとその場所は分からないらしい

刻と森の番人 知無しの森にすむ賢者 笑い梟のラフ

ヒミトが小さいころから知り、森の全てを知るといわれる梟にヒミトが頼ったのは当然の流れであった


賢者ラフはその場所と咲く時期までもを知っていた そして「明日蟻の刻に咲く」との風の葉文がヒミトの元に届いたのだった


「はやく!その場所へ連れて行って!」

ヒミトは焦っていた 父と慕うホフラがあんなに苦しむ顔は見たことがない

益荒男ホフラと呼ばれ長年群れを守ってきた父

長年の戦いの報いか、それとも倒してきた多くの敵の積年の呪いなのか

その背中は大きく盛り上がり硬い骨のこぶが出来、最近では歩くのさえ困難のようだ

何とか楽にしてあげたい 孤児の自分を家族のようにここまで育ててくれたホフラの苦しむ姿を

これ以上見るのはヒミトにとって耐え難いものであった



「案内しよう ついておいで・・・・」

音もなく飛び立つ瞬間 ラフ爺の目が嫌な笑みを湛えたが、父のことで気持ちが溢れそうなヒミトは

その小さな変化に気付けず梟の後を追った



森の中を二つの影が動く 飛ぶ笑い梟 少し遅れて走る狐


「急ぐぞ!ヒミト もう咲き始めておるかも知れぬ」

「わかってる!」

息を荒くしながらヒミトはラフ爺の飛ぶ後を必死についていく

気は焦るが枝を軽々と避けて飛ぶ梟と違い、追いかけるヒミトは目の前に迫る障害物を

よけて走らなければならないためどうしても距離が空いてしまう

脚力には自信のあるヒミトだが、羽音を立てずに飛ぶラフ爺と目の前の障害物を

交互に見ながら後を追うのは思った以上に体力を使い脚を重くさせた


しばらく走ると木々のない広い場に出た 気付くとオドシカエルの声が蟻の刻を告げていた

そこは森の北東部にある湖のほとりであった

ネシ湖 知無しの森に無数とある湖の中で森内最大級の湖は極夜の空を湖面を映し、更に暗くさせ

近づくもの全てを吸い込むような気配を漂わせていた


オドシカエルの刻知らせの声が響く


「あそこじゃ」

ラフ爺が湖のほとりの針葉樹に止まりながら流出口近くの岩の周りを示した

そこには背の低い植物が蕾を揺らしながら岩の周りに薄青く茂っていた


「間に合ったようじゃの それが骨落じゃ」

「こんなところに?」

「知らねばただの小さな青き花じゃ」


ヒミトは顔を近づけその蕾の香りを嗅いだ


「いい香り・・・」


ヒミトは目を閉じその芳香を吸い込んだ


「そろそろじゃ 咲くぞ」

聞こえていたオドシカエルの鳴き声が一段低くなった

それが合図であったかのように、岩の周りに生い茂っていた骨落の蕾がひとつまたひとつと咲き始めた

薄青かった蕾が開くと極夜の闇でもそれとわかる綺麗な紺の花弁が一面に広がった

見とれる間もなく花弁が落ちていき 種子が落ちていく

話に聞いていたとおりだ!

葉に落ちる種子をヒミトは寄せ集めた

種子は花弁をさらに濃縮したような濃紺をしておりヒミトはその美しさに言葉を失った

「綺麗・・・」

一瞬その美しさと香りに抗えず思わず口をつけそうになり、あわてて自分を制した


「試してみるとよい 傷にも効く」

「試す?傷?」ヒミトはラフ爺の言っている意味がわからなかった

これは父ホフラに届けるものだ

「その足で森を抜けるつもりかの?」

自分の足を見るとラフ爺を追っかけた際に木々や岩で擦れたのか血が滲んでいる

普段なら傷など負わないが、ラフ爺を必死に追いかけたせいで障害物をよけきれなかったらしい

気が高ぶっているヒミトは自身の傷に気づいていなかった

「狐の血は森の悪しきものを呼ぶ もう近づいている気配すらあるぞ

 血を止めねば無事にホフラ殿の群れに戻れるとは思えね    

 骨落の実 自身で治癒の力を確かめる良い機会じゃ」

「でも 父に持ち帰らないと・・・」

「これだけあるのじゃ それにその傷 血止めが先じゃ」

いつも以上に優しくゆっくりした諭すような口調であった


「ラフ爺は口にしたことあるの?」

不安そうな声でヒミトは聞うた

「わしら鳥にはなぜか効用を示さぬ 骨が軽すぎるせいか骨落の実は効かぬのだ

ついばんでもわしらにとっては木の実と変わらぬ

しかし狐には効くぞ 早くのんで血を止めるとよい

ホフラ殿も帰りを待ち望んでおるはず」

少し上ずった声でラフ爺は応えた


賢者ラフ爺の言うことだ 森には私の知らぬ悪しきものはいるだろう

やっと手に入れた種子だ 父に持ち帰らなければ意味がない

血を止めたらすぐに父のもとに種子を届ける!

少しだけ 血止めに!

意を決しヒミトは種子を数粒口に含んだ


口に入れた途端、甘い香りが口いっぱいに広がり目の前が真っ白になった


と同時に


突然笑い梟が叫んだ


「ヒミトの九尾の骨を我に!」

「!?」


叫びに呼応するかのようにヒミトの腰のあたりが光りはじめ灰色の腰毛の中、尻尾の付け根から

生成り色の骨が一つヒミトの身体から姿を現し離れ浮かび上がった

くずれおちるヒミトとは対照的にゆっくりと空に向かい浮かび上がっていく


すると浮かび上がった骨を音もなく掴み高く舞い上がった影があった

影は先ほどまで針葉樹に止まりヒミトを見守っていたはずの笑い梟ラフであった


「ラ、ラフじ  い・・・」


意識が遠のく中で聞こえたその声は

「手に入れた!九尾の骨を。。。ついに九尾の骨を手に入れたぞ!」

湖の上空で弧を描きながら梟は叫んだ

「この骨でわしも不老不死になれる。。。世の理を歪めることができる。。。」

その声はやさしさなぞ欠片一つ残っていない、だだただ喚起にうち震える老梟の声であった


笑い梟はその名の通り笑い声を極夜に響かせ弧を拡げながら徐々に東の空に消えていった


湖のほとりには気を失った一匹の灰青の狐が横たわっていた。。。。


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