3.元英雄、イノシシを解体する
「パパッ! おわった?」
イノシシを吊し上げて、回復魔法をかけながら血抜きをしているとマオが戻ってきた。
その後ろにはハタジイがニヤニヤとしながら、微笑んでいる。
「やっぱりパパじゃないか」
少しボケているハタジイには、俺たちが親子に見えるのだろう。
「いや、パパじゃ……」
「ちがうの……?」
目をウルウルとさせて、マオがジーッと俺の顔を見ていた。
そんな表情をされたら、俺はどうすればいいのかわからなくなる。
「勝手にしなさい」
「うん!」
それにさっきまではマオをどうしようかと迷っていたが、戻ってきたマオの姿を見て、少し嬉しいと思ってしまう自分がいることに驚いた。
将来は魔王になる存在だが、どこか複雑な思いだ。
ひょっとしたら俺の勘違い……いや、勘違いならそれはそれで問題な気がする。
このままだと俺は幼女誘拐の犯人になるからな。
ただ俺は魔王に似たマオという幼女を保護しているだけだ。
ある程度、距離を保って何かあった時に離れられる距離感は必要になる。
イノシシの血抜きが終わると、すぐに皮を剥いて内臓を取り出し、すぐに部位ごとに切り分ける必要がある。
時間が経つと鮮度も悪くなり、肉が硬くなってくるからな。
「マオ、まだ終わってないから離れて……」
「やっ!」
またマオは俺の脚にべったりとくっついて離れようとしない。
このままだとイノシシの解体を見ることになるが、小さいマオに見せても良いのだろうか。
「いや、魔王だから大丈夫か」
さすが大陸の半分を破壊する魔王がこんなことに驚くことはないだろう。
そう思いながら、俺は大きなナイフを準備してイノシシに切り込みを入れる。
背骨のラインに沿って少しずつ皮を剥がしていく。
この時に魔法で水を流しながら、皮をめくるように剥がすと効率が良いんだが――。
「大丈夫か……?」
「んっ……」
体が安定しないほど、脚から振動が来ると思っていたら、イノシシの解体を見ていたマオが震えていた。
どうやら魔王でも、幼い女の子と変わりないようだ。
「ハタジイのところに行って――」
「やっ!」
解体作業を見たくもないのに、俺からは離れようとはしない。
「ふぉふぉ、微笑ましいのう」
どうしようかと思い、ハタジイを見るが、ニコニコと微笑みながら俺たちを見ていた。
「じゃあ、30秒だけ目を閉じていろ」
マオはゆっくりと目を閉じると、小さな声で数字を数え始めた。
俺はそれを聞きながら作業を続ける。
30秒もあれば、元英雄の俺からしたら内臓の処理までは終わるだろう。
「いち……に……しゃん……よん……はち……」
「おいおい、いきなり飛んでるじゃないか」
急な数字飛ばしに俺は驚きながらも、さらに作業スピードをあげる。
「にじゅうしち……にじゅう……はっ……ハクション!」
マオは大きなくしゃみをした。
そういえば、服もボロボロだし薄着なのを忘れていた。
「あれ……いくつだっけ……? じゅういち……」
マオも同じくどこまで数えたのか忘れていた。
明日になったらイノシシを卸すのとついでに近くの村に行って、服を買いながら、迷子がいないか確認しても良いだろう。
「目を開けていいぞ」
内臓の処理までできていれば良いと思っていたが、1分程度数えていたため、イノシシの部位ごとの解体まで終わった。
「わぁー!」
素早く綺麗に分けられたイノシシを見て、マオは驚きの表情をしていた。
別に解体しただけだから、難しいことでもない。
ただ、どこか褒められているような気がして、背中がムズムズしてきた。
「とりあえず、ハタジイにはヒレだな」
「相変わらず手際がいいのう」
俺は大きな葉に包んでハタジイに渡す。
ヒレは年寄りのハタジイにはちょうど食べやすい部位になる。
脂がほどよくあって、スジも少ないから食べやすいし飲み込みやすい。
煮込みにすれば、さらに食べやすいからな。
その他の部分は水属性魔法を応用して作った氷に包んでいく。
本当に魔法があれば、ある程度のことは解決できるからな。
むしろマオのことが魔法で解決できたら一番楽なのに、こういうことには魔法は使えない。
「じゃあ、わしは帰るかのう」
「気をつけて」
「またね!」
ハタジイが見えなくなるまで、マオは元気に手を振っていた。
俺たちはハタジイを見送ると、家の中に入ることにした。
「狭くて悪いな」
俺は小さな小屋みたいなところに住んでいる。
誰かと一緒に住むなら、少し狭いだろう。
「ここしゅき!」
マオは意外にも気を使える子のようだ。
嬉しそうに家の中に入っていく。
「ここに座――」
「パパ、ここ!」
座る場所に案内しようとしたら、すでに座って隣をポンポンと叩いていた。
横に座って欲しいのだろうか。
「へへへ」
言われた通りにマオの隣に座ると、満足げな顔をして俺を見ていた。
何も話すこともなく、ぼーっとする時間が流れていく。
マオは俺みたいなおっさんとここにいて楽しいのだろうか。
「とりあえず、ご飯を作るか」
俺は立ちあがろうとしたら、膝に重みを感じた。
目線を下げると、マオは俺の膝を枕にしてスヤスヤと眠っていた。
「そりゃー、疲れるよな」
森でゴブリンに襲われて、イノシシの上に乗って、急な解体作業を見せられたら……魔王でも幼い子どもにとってはハードな一日だ。
何か夢を見ているのか、ニヤニヤしたり眉間にシワを寄せたりと表情がコロコロと変わっていく。
俺はマオを持ち上げて、ベッドにそっと移動させる。
「ゆっくりと休むといい」
こっそりとその場から離れようとしたら、ギュッと手を掴まれた。
「ぐすん……やっ……」
ゆっくり手を放すと、マオは再び俺の手を探し始めた。
再び握ると、まるで離れられないように強く握っていた。
力も強いため、どうしたもんかと困りながらも俺は手を解いていく。
ふと、マオの顔を見ると、一筋の涙が流れていた。
「いや……やああああああ!」
突然、マオが大きな声で泣くと、魔力が広がっていくような気がした。
「まさか!?」
俺はマオの広がっていく魔力を追いかけるように、魔力をレーダーのように飛ばす。
「やっぱり魔物がこっちに向かってきてる」
すぐにマオの手を掴むと、また表情は穏やかになっていく。
魔王が復活して魔物の動きが活発になるのも、マオの感情と関係しているのかもしれない。
このままだと俺は一晩中マオの手を放せないまま過ごすことになりそうだ。
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