22.元英雄、娘の成長に戸惑う
武器を買ってから、毎日戦闘訓練が始まった。
自衛のために教えるつもりが、子どもたちは遊んでいる感覚なのか、毎日楽しそうに訓練している。
「そっちに行ったぞ!」
「はーい!」
ひじきの言葉にマオは元気に返事をする。
俺は土属性魔法でゴーレムを作り、子どもたちの模擬戦相手にしていた。
モチーフは一般的なゴブリンなどの下級魔物を想定して作っている。
ただ、自立型のため攻撃してきたり、避けたりと動きは活発的で、実際に魔物と戦っているのと変わらない。
「オラの必殺技を受けてみろー!」
もずくは足に力を入れると、一気に距離を詰めてきた。
目の前のゴーレムを切り刻むと、その場で倒れる。
「もじゅく! いまのはマオの!」
「だってマオ、おそいもん!」
マオともずくはお互いに睨みつける。
「「ふん!」」
顔をそっぽ向けたまま、揃って俺の方をジーッと見てくる。
普段は仲良しの二人だが、戦闘訓練を始めてからは、時折こうして張り合うようになってきた。
「お前ら仲良くしろよ!」
「やっ!」
「いや!」
ひじきが間に入ってもこんな状況だ。
これが姉弟喧嘩ってやつだろう。
ひじきも呆れて俺に助けを求めるように見つめてくる。
「二人とも仲良く――」
「マオはわりゅくない!」
「オラは悪くないもん!」
お互いの言い分に俺は戸惑う。
本当に些細なきっかけで、二人はぶつかり合うようになってきた。
普段は仲良しで、並んで笑っていることの方が多い。
けれど、武器を手にすると、どうしても「勝ちたい」という気持ちが先に出てしまうのだろう。
まだ子どもだから、感情のままにぶつかってしまうのも仕方がない。
「パパ、どうにゃの!」
「とーちゃん!」
「戦うときはそんなこと言ってられないからな……」
俺の言葉に、マオの眉がぎゅっと寄る。
「……マオ、がんばったのに……」
ぽつりと漏れた言葉は小さく震えていた。
マオはもずくの勝手な行動に怒っているのは確かだ。
けれど実際の戦闘では、もずくのようなサポートが欠かせない。
それでもマオにとっては、獲物を横取りされたように感じてしまったのだろう。
加えて、自分の頑張りを誰にも認めてもらえなかったことが悔しくてたまらなかったに違いない。
その小さな衝突の積み重ねが、いずれ大きな成長につながるのかもしれない。
そんな気もするが、正直どう向き合うべきなのか俺にもわからない。
「マオは頑張っ――」
「もう! パパもやっ!」
マオは唇を噛んで、ギリッと強く睨んできた。
今まで見たことない表情に俺も戸惑ってしまった。
「えぇ!?」
マオは剣を投げ捨てると、怒って森に走っていく。
すぐに追いかけようとするが、もずくが俺に駆け寄ってきた。
「マオはなんでわからないのかな?」
「もずくも張り合うのは良くないよ?」
「なんで?」
俺は少し言葉に詰まった。
「うーん……。自分だけ勝ちたいって思って動いたら、仲間が困るだろ? マオも、もずくも一緒に戦ってるんだから」
「うーん……」
もずくは頭を抱えて考えていた。
彼なりにマオのことを理解しようとしているのだろう。
「だから、自分勝手に突っ込むんじゃなくて、お互いに助け合うことが大事なんだ」
「……でもオラ、助けたもん」
それでも自分が正しいともずくは思っているのだろう。
「そうだな。助けてくれたのはいいことだ。でもマオにだって〝やりたかったこと〟があるんだよ」
もずくは「うーん」と唸り、まだ納得しきれていない様子だった。
それでも、ほんの少し考えるきっかけにはなったように見えた。
「ボス、もずくと帰ってるよ!」
ひじきはもずくの手を引くと家に向かって歩いていく。
その間ももずくなりに整理してるのか、歩いては立ち止まってを繰り返していた。
「さぁ、マオを探しに……」
俺は魔力を広げてマオを探す。
だが、マオの周囲に反応がいくつも表示された。
「魔物か? でも、魔力と違った反応だよな……」
マオが精神的に不安定になると、魔物を呼んでしまう。
今まで泣いた時にそれが起こっていたが、今回は怒って飛び出した。
そういえば、マオの怒った姿を見たことがなかったな。
俺は心配になりながらも、森の中に入っていく。
「これは瘴気……?」
森の中は濁ったモヤみたいなものが溢れていた。
不気味な雰囲気に俺はマオが原因だとすぐにわかった。
「マオー、どこだー!」
声をあげてマオを探す。
近くにいるものの、視界が悪いため探しにくい。
『キィー!』
「痛っ!」
突然、何かの鳴き声が聞こえた瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
慌てて手を当てると、指先がじんわりと赤く染まる。
小さな傷から血が滲んでいた。
「やっぱり魔物じゃなくて、下級悪魔だよな……」
俺はすぐに風属性魔法で瘴気を一瞬で吹き飛ばす。
すると、目の前には目玉にコウモリの羽がついた謎の生物がいた。
ゲームではよく見ていたが、実物で見るのは初めてだ。
「やっぱりマオが召喚した悪魔だな」
悪魔と魔物の違いは、操れるかどうかにある。
魔物は制御できないが、魔王であるマオは悪魔を自在に操ることができる。
マシュマロがマオに召喚されたと思っていたのも、この能力が魔王にあるからだ。
ただ、俺に攻撃してくるのは、俺が嫌でやっているのか、それとも制御できていないのか、どちらかだろう。
たぶん後者だ。前者なら、俺の精神が耐えられない。
「マオー、どこだー!」
俺は再び声を出してマオの元へ近づく。
『キィー!』
下級悪魔は俺に攻撃をしてこようとするが、保護魔法をかけているため、俺には攻撃が当たらない。
「もうそろそろマオがいるはずなんだけどな……」
マオがいると思うところまで来たが、どこにも姿が見えない。
「マオー!」
「いにゃい!」
どこからか返事が聞こえてきた。
視線を下げると、マオは茂みのそばで小さく丸まっている。
顔を伏せているため、表情はわからない。
怒っているのか、それとも泣いているのか。
ただ、声の様子からすると、泣いてはいなさそうだ。
「マオ、帰るよ」
俺はしゃがんでマオの顔を覗き込む。
「やっ! マオはここにいりゅ!」
思ったよりもマオは頑固な性格なんだろう。
持ち上げようとしても、根が生えたように動かないし、顔も上げようとしない。
「俺はマオがいないと寂しいけどな」
「うしょだ!」
中々俺の言葉を受け入れようとはしないようだ。
下級悪魔の数も増えて、攻撃がさらに強くなっていく。
「パパはもじゅくばかり!」
その言葉が胸の奥がズキっとする。
俺の中では特に差別しているわけではない。
ただ、急に家族が増えて、自分への愛情が足りなく感じたのだろう。
前まではマオが一番だったからな。
「そうか……寂しかったんだな。ごめん、気づかなくて」
そっと声をかけると、マオの小さな体がわずかに震えた。
拒否の奥にある不安に少し触れられたような気がした。
「大丈夫だよ。俺はマオもみんなも大事に思ってる」
マオはしばらく体を硬くしたままだったが、やがて小さくうなずいた。
「マオが嫌いだったら、ここまで来ないだろ。それに気づいたら傷だらけだ」
俺の言葉に、マオは勢いよく顔を上げた。
目は涙でぐしゃぐしゃになり、唇は何度も噛み締めたのか血がにじんでいた。
「パパ……」
俺はマオを説得することに集中していて、保護魔法が切れていたのを忘れていた。
だが、それがマオを動かす理由になっているのなら、痛みも痛みとは思えなかった。
「みんなが待ってるよ」
俺はマオを抱きかかえると、マオは小さく体を震わせながらギュッと抱きしめ返してきた。
「パパ、いたい?」
「俺は強いから痛くないぞ。マオの方が痛かったな」
優しくマオの頭を撫でながら、回復魔法をかける。
傷ついた唇もすぐに傷が塞がっていく。
「もじゅく、おこってる?」
「どうだろうなー。でも、俺が一緒に謝るから頑張れるか?」
「うん……」
マオなりにもずくに対して悪いことをした気持ちはあるのだろう。
もずくも優しい子だから、仲が良い二人なら大丈夫なはずだ。
「だいじなけんもなげた……いたいいたいだね」
「そうだな。剣は命の次に大事だからな」
「ごめんなさい……」
次第に森の中の瘴気は晴れて、下級悪魔は姿を消していく。
マオの中で気持ちの整理ができたのだろう。
小さくうなずき、少しだけ笑顔を見せた。
目の奥にあった小さな不安の影が、ほんの少しだけ消えたようだった。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします(*´꒳`*)




