2.元英雄、家に帰る
「中々いないな……」
俺は森の中をイノシシを探しながら歩いていく。
もちろんマオも俺の後ろに一生懸命走りながら付いてきている。
「……パッパ!」
「いや、パパじゃないからな! それにパッパって葉っぱみたいじゃないか!」
俺が振り向いてすぐに訂正すると、嬉しそうな顔でマオは笑っていた。
さっきから言葉を覚えたばかりの子どものように、ずっと俺を「パパ」と呼んでいる。
本当に魔王なのかと思うが、黒髪の人もあまりいないし赤色の瞳も珍しいからな……。
「やっぱりゴブリンのせいだな」
そもそもイノシシだけではなく、動物すら見当たらない。
おじいさんにイノシシを捕まえてくると約束したが、今日は保存した塩漬け肉を食べてもらうしかないか。
「おい、家に帰……どこ行ったんだ!?」
振り返ったら、さっきまで付いてきていたマオの姿はいなくなっていた。
保護しようかと思ったのに、すぐに迷子ってどれだけ手がかかる魔王なんだ……。
俺はすぐに魔力を森全体に広げて、マオの魔力を探る。
魔力を薄く広げることで、レーダーのような使い方ができる。
普通は魔物を探すためにする方法だが、動物は魔力を持っていないため、この森では人探しにも使える。
「何かに追われてる……? いや、追いかけているのか?」
近くにある反応は一つしかなかったため、すぐに見つけることはできた。
ただ、素早く動いており、一人で運動会でもしているのだろうか。
俺はすぐにマオの反応があるところに向かう。
「むぅー!」
遠くの方でマオの声が聞こえてくる。
俺はマオが向かっている方向へ先回りすると、次第に物音が大きくなる。
「おいおい、イノシシと遊んでたのかよ」
マオはイノシシの上に乗っていた。
必死に振り下ろされないように掴んでいる姿が面白くて、思わず笑ってしまいそうになる。
ただ、このまま放置しておくと吹き飛ばされかねない。
「大丈夫か?」
「パパッ!」
マオは嬉しそうに俺の顔を見ながら、手を振っている。
今自分がどこにいるのか忘れたのだろうか。
「危ないぞ!」
イノシシは興奮しているのか、土煙を巻き上げながら一直線に突っ走ってくる。
俺は剣を構え、マオを傷つけないように細心の注意を払いながら、そっと斬りかかった。
イノシシはすぐに勢いが落ち、その場で倒れる。
「パパ!」
「勝手にどこか行くと危ないだろ!」
俺の腕の中には、しっかりとマオが抱きかかえられている。
もちろん危ないのはマオではなく、俺たち人間の方だろう。
魔王を野放しにしていたら、何が起こるかわからないからな。
「ごめんしゃい……」
「いや、別に怒っているわけではなくて……」
あまりにも落ち込むから、俺の方があたふたとしている。
まさか露骨に落ち込むとは思いもしなかった。
「ほんと?」
赤い瞳がジーッと俺を見つめてくる。
どこか蛇に睨まれたカエルの気持ちになりながらも、きっと返事をしないとそのまま見つめられたままだろう。
「ああ、むしろイノシシも探してくれて助かった」
そっとマオの頭を撫でる。
帰っている途中でイノシシを捕まえるって話しをしたから、捕まえようとしてくれたのだろう。
「マオ、えらい?」
「ああ……」
「えっへん!」
マオはよほど嬉しかったのか、腰に手を当てて、大きく胸を張った。
その勢いで後ろに倒れそうになるマオを俺は支える。
本当に危なっかしい魔王だな。
「じゃあ、イノシシを持って帰って……いつまで掴んでるんだ」
俺は地面に下ろして手を放したつもりだったが、マオはそのまま俺にしがみついていた。
さすが魔王と言わんばかりの力に、俺の体も引っ張られる。
「やっ!」
「……やっ?」
少し体を捻ってみたが、全くブレない。
イノシシにずっと捕まっていられるだけのことはある。
「はぁー」
俺はマオをコアラのように体にしがみつかせながら、イノシシを背負っていくことにした。
迷子にならなくて済むが中々動きにくい。
「へへへ」
森から家まで歩いて20分ほど。
ずっとマオは家に着くまで嬉しそうに笑っていた。
「ヴォルフ、狩りは無事に……ついに子どもに手を出したのか?」
「なわけないだろ!」
帰っている最中におじいさんが声をかけてきた。
マオはジーッとおじいさんを見た後に、俺と交互に見比べる。
「わしに髪の毛がないと言いたいのかのう」
「ぶっ!?」
マオの視線をよく見ると、確かに髪の毛に視線が向いていた。
魔王でも子どもは正直者だからな。
「この人はハタジイって……俺が勝手に呼んでいるだけだな」
畑を貸してくれたおじいさんだから、「ハタジイ」と俺は呼んでいる。
ハタジイの本当の名前は俺も知らない。
名前を聞くと、名乗るものでもないと返されてしまうからな。
ハタジイは俺が来るまでずっと一人でこの辺に住んでいた。
妻も一緒にいたと聞いているが、一人残されたところにちょうど俺が出会ったという形だ。
記憶力もあまり良くないところを見ると、認知症で自分の名前が思い出せないのかもしれない。
「ハタ……ジイ……?」
「なんで俺の名前だけ言えないんだよ……」
「へへへ」
俺の時はすぐパパ呼びになったが、ハタジイはすぐに呼べていた。
そんなにヴォルフガングって呼びにくいのだろうか。
このままじゃ、本当に俺を父親として認識しそうな気がする。
「少しだけハタジイと待ってろ」
「うん!」
さっきはあんなに離れるのを拒んでいたのに、嬉しそうにハタジイの元へ向かった。
その後ろ姿を見送る俺の胸には、ちくりと小さな棘が刺さる。
よかったと思う反面、なぜかぽっかりと胸が開いたような気もして……いや、気のせいか。
まるで、初めて子どもを送り出す父親みたいな、そんな気分を感じた。
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