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6:ツァラトゥストラはかく語りきです

進んでいた無重力の通路に、突如として「落下」が訪れた。

足裏が重力を得て、金属の床に確かな圧が返ってくる。わずかな振動が骨を伝い、歩くたびに音が響く。


次の瞬間、遠くから微かな音が聞こえた。

ナイフが皿を叩く乾いた響き。フォークが白磁を擦る微細な音。――それは、廃墟と化した植民船には似つかわしくない「生活の音」だった。


アラヤは拳銃を構え、慎重にハッチを解錠する。

重い扉が開くと、そこに広がっていたのは白い宮殿のような空間だった。


壁も床も漆喰のように白く、装飾は最小限に抑えられ、均整の取れた直線と柔らかな曲線が融け合っている。天井からは均一な光が落ち、窓の外には虚無の宇宙が映し出されていた。

その光景は、アラヤに既視感を呼び覚ました。スターリンの執務室――威圧ではなく秩序で人を縛る、冷ややかな幾何学の空間。そのデザインの共通性が直感的に理解できた。ここは「権力を演じる舞台装置」そのものだった。


長いテーブル。その中央に二人分の食器が整然と並び、食事が進められていた。

ひとりは赤い宇宙服を纏った男――モーリス。ヘルメットは脱がれ、無表情な横顔に影が落ちていた。

もうひとりは金髪の幼い少女。澄んだ瞳を持ち、銀色のフォークを静かに動かしている。純粋記憶装置――シビル・カーペンター。


モーリスが顔を上げた。


「来たか」


アラヤは一歩踏み出し、銃口をわずかに下げて言った。


「特等席で最期の晩餐でもする気?」


モーリスは笑わなかった。ただ冷ややかに食器を置き、答えた。


「結局、世界統制官としてここに戻ってきたのは君一人のようだ。後の四人はこの星に殉じたか、あるいは既に権能を失っていたか」


「くだらないことを言わないで。私はあなたを止めに来ただけよ」


「もう遅い。すべては無に帰った。後は我々が再び物語を始めるだけだよ」


「物語?」


「君も――『識っている』だろう。そのスターリンの記憶で」


アラヤは視線を逸らさなかった。

「時間にやり直しはないわ」


「そうかもしれない」モーリスの声は、まるで他人事のように静かだった。

「だが――明日はどうかな?」


その瞬間、部屋の照明が一斉に落ちた。虚無の闇が一秒、永遠にも似た長さで続く。

再び光が灯ると、テーブルも食器も、モーリスもシビルもそこには存在しなかった。


代わりに、白い空間の中央にひとりの少女が立っていた。

ナユタ・ザ・グラビティ。


その身体からは、重力そのものが形を持つかのように、空気を歪ませる力が溢れていた。

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