4:万能文化女中はご主人様と共に空を駆けます
輸送機は夜の成層圏を滑っていた。振動は少なく、しかし機内に漂う緊張は重かった。
「それにしても都合よく軌道上に行けるロケットが用意されてたわね」
ラーダはシートに腰をかけたまま、いつもの皮肉を口にした。
「前のスターリンが用意していた。このことを予想していたのか……」
アラヤは窓の闇を見つめながら答えた。
「何にせよ、最終決戦のお膳立ては済んだみたいね。どうせあの糞野郎もあの船の中でしょうし」
「そうとも限らないわよ。あの船に向かうのは他にも目的がある」
「そうなの?私はそういう“お約束”かと思ってたわ」
その瞬間、機内が赤に染まった。警報灯の点滅。冷たい電子音。
「同志スターリン。ミサイルです。掴まってください」
機体が大きく揺れた。荷物が床を滑り、金属のきしむ音が続いた。
窓の外には、光の花が無数に咲いていた。フレアとチャフが空を覆い、それを追いかけるように蛇行する白い軌跡。
「AAM……長距離レーダー誘導ね。次は短距離の赤外線が来るわ」
ラーダが呟く。
「いつものやつ、できる?」
アラヤの声は低い。
「そりゃもちろん」
ラーダは笑みを浮かべた。
「じゃあ出るわ」
アラヤは即座にコクピットへ回線を開き、短く命じた。
「後部ハッチ、解放」
圧力警報が鳴る。機内の空気が吸い出され、怒涛の風が通路を駆け抜けた。
アラヤは躊躇しなかった。身を躍らせ、赤い空の渦へと飛び込む。
下方には銀翼が待っていた。ラーダは既に戦闘機形態へと変じ、鋭い機首を夜空に向けていた。
アラヤはその背に取り付き、操縦桿を握った瞬間、視界が広がった。
――チャイカ87。四機編隊。翼端から噴き出す光が夜を裂いて迫る。
「時間を削ぐわよ」
アラヤは呟き、空を切り裂く。
一秒が引き延ばされる。敵の弾道が凍りつき、光の尾だけが宙に漂った。
ラーダはその裂け目を縫うように滑空し、翼下から弾丸を吐き出す。
一機が爆ぜ、黒煙を散らして墜ちた。
残る三機が散開し、交差する弾幕を張る。
アラヤは再び時間を捻じ曲げ、機首をずらす。敵弾は紙のように鈍く、ラーダの機体だけが加速する。
二機目のチャイカが翼を失い、火球となった。
「残り二」
ラーダの声は冷たく、愉快そうでもあった。
三機目が旋回し、真下から追尾ミサイルを撃ち上げる。
アラヤは一瞬、加速のベクトルを反転させた。時間が逆流し、ミサイルは標的を見失い、放物線を描いて虚空に消える。
ラーダの機関砲が火を噴き、機影を切り裂いた。
最後の一機が単独で突入してきた。
編隊を失った孤独な獣は、死のために牙を剥くしかない。
しかしその瞬間、アラヤの掌が震えた。時間を一点に収束させ、敵機の進路を押し潰す。
空間の歪みに囚われたチャイカは、自らの速度で身体を引き裂かれ、閃光の中で消滅した。
静寂。夜空に漂うのは、炎の尾と黒い破片だけだった。
「ふう……四つ」
ラーダは翼をひとつ振った。
アラヤは短く息を吐いた。
「これで道は開いたわ。――ソラリスへ行く」
空の向こうに、星々が散らばっていた。その中に、沈黙する巨大な影――旧人類の植民船《ソラリス号》が待ち受けていた。




