3:灰色の男たち
灰色の壁面が密閉された空気を跳ね返し、蛍光灯は小さく唸っていた。換気は限界を迎え、煙の層がゆっくりと天井へ滞留している。
壁には「禁煙」と印刷された赤文字の紙が貼られていたが、その真下に灰皿が五つ、整列していた。
四つの椅子に、四つの身体が沈む。
第二書記――でっぶりと太った極太眉毛の男が、銀色の葉巻に火をつける。
首相――葡萄色のアザを額に浮かべた男が、長い紙巻をゆっくり吸い込む。
内務委員長――細い眼鏡の奥で静脈のように光る瞳を持つ。
外務大臣――七三分けの髪を指でなぞりながら、黙って火をつける。
言葉は、煙とともに現れる。
「弾は工員の銃。七・六二、旧式だな。素人の幸運か?」
極太眉毛の第二書記が火の先を見つめながら言った。
「幸運が革命を撃つとは思えません。照準は、どこかで補正された可能性もあるかと」
眼鏡の内務委員長が吐いた煙の中で、単語を切り分ける。
「犯人が生きていればスパイ網が燃える。死体なら予算が燃える。どちらにしても、灰は残る」
アザ頭の首相が言った。
「だが問題はそこではない」
七三分けの外務大臣が天井を一瞥する。
「〈紫色緊急魔法陣〉の発動です。記録してください、諸君。国家は悲しみで動かず、手続きでのみ動く」
沈黙が一度落ちる。
「手術が失敗なら“臨時評議会”を軍が主導する」
第二書記が葉巻を押し込むように言う。
「戒厳令は私の署名で足ります。軍事評議会は指示待ちが安全策かと」
内務委員長の声は冷やされていた。
「列車を止める前に運賃を決めるのが首相の仕事だ」
首相は机の縁を叩いた。
「用語の選定を先に。『崩御』と書けば国外市場が凍結します」
外務大臣の指が懐中端末に触れた。
首相が、煙を天井に吐き出す。
「子供一人に国家のポンプ全部を繋げたのが誤りだったのでは?」
「替えはあるはずだ。六代目のときも移植は成功している」
第二書記の口調には、かすかに懐疑が滲んでいた。
「問題は“覚えている国民”が我々四人しか残っていないという点です」
内務委員長が言う。
「その記憶すら、今、手術室の向こうで終わろうとしている」
外務大臣の口元に、薄い笑みがあった。
「次のスターリンの選定基準は、本人が決めるはずだった」
第二書記が言った。
「その記録、まだ残っているのか?」
「いや。前に進言したとき、彼は黙ったままで。それ以後、記録へのアクセスは我々ですら拒絶されましたよ。つまり彼自身が、後継の手続きそのものを破棄した可能性もあります」
内務委員長が答える。
「覚えていそうな長老は?」
「確か、スターリン書庫の管理官……クルイロヴァとか言ったか」
首相が額のアザを指で擦る。
「彼女は六代目の継承にも関与していた」
「なら、もう遅い。スターリンについての一報を知らされた瞬間、ショックで人事不省だと聞いた」
外務大臣の声が微かに乾いていた。
「それでも、訊かなければならないでしょうな」
内務委員長の目が光を失わなかった。
「意味はあるのか?」
第二書記が言う。
「手遅れだ。記録は消え、記憶は眠り、国家は夢を見る」
新たな煙が灰皿に落ちる。タバコが二本目に入った。
「停戦賠償、都市暴動、後継選出……時間が足りん」
首相の指が机を叩く。
「お前の得意な“時計の針”、回らんのか?」
「情報統制に七十二時間。予知鏡では、本日中に最初の暴動です」
内務委員長の指が懐中時計に触れた。
「なら武装列車を出せ。『葬儀列車』と名付ければ、士気は持つ」
第二書記が吐き捨てるように言った。
「列車に乗る遺体が確定してからにしましょう」
外務大臣が静かに言い、立ち上がった。
遠く、手術棟から鐘の音がかすかに響いた。
金属と革靴の靴音が床を走る。白衣をまとった侍医長が、血の斑点を散らした胸元に手を当てて立った。
一言も発さなかった。
ただ、肩を一度だけ、ゆっくりと落とした。
そして、わずかに首を振る。
葉巻が指の間から滑り、灰皿の中でくるりと回転した。
内務委員長が懐中時計の蓋を閉じる。声はほとんど呼吸だった。
「――零時」
外務大臣が端末を開く。
「正式発表文の草案を始めます」
首相は額の葡萄斑に触れ、深く息を吸った。
最後に、第二書記が声を絞り出した。喉の奥から擦れるような濁声だった。
「――誰が泣くか。誰が殺すか。分担を決めろ」
煙が膝下を隠し、ラウンジの空気よりも重く、濃く漂った。




