3:砂の十字架
砂は午後の光を受けて金色に燃えていた。
シャファル村。干渉国とされながらも、実際にはいずれの国家にも顧みられない、砂峡地帯の盲腸のような地にその村はあった。
木の門も、警備兵も、旗すらない。
あるのは、乾いた風と、よどんだ目をした子どもたち。
アラヤはその中心の広場に立っていた。
纏った灰色の布が風に揺れる。手には短機関銃。足元には、十人ほどの少年たちが息を殺し、膝をついていた。
「……膝を引いて。銃は支えるんじゃない。預けるの」
その声は淡々としていた。感情の起伏を排したその調子は、祈祷より冷たかった。
一人の少年が言われたとおりに構える。銃の銃床を肩に食い込ませ、足を引いて低い姿勢を取る。
だが、反動に体が持っていかれ、砂に転がった。
一瞬、皆が笑った。だがすぐに笑いは消える。
「……もう一度」アラヤは言った。
「弾が込められていないと思わないこと。いつでも死ねると、そう思いなさい」
その日、訓練は三度目だった。銃の扱い、肘の角度、斜線の取り方。
アラヤは一切の冗長を嫌い、技術のみを注ぎ込んでいた。
彼らは“ムルタイ派”の子どもたち。村の聖戦士であり、まだ声変わりもしきらぬ体で、明日にも前線へ送り込まれる存在。
水を飲む時ですら、銃を手放してはならない。
それがこの村の「掟」だった。
だが、一人だけ違う者がいた。
アリフ。十四歳。兄を失った少年。
訓練の終わり、彼は銃を抱えたままアラヤに近づいていった。
「先生、どうして“効率よく死ぬ方法”なんて教えるのですか」
問いかけはまっすぐだった。
ナユタなら、笑ってごまかしたかもしれない。モーリスなら、曖昧に流しただろう。
だがアラヤは、返さなかった。
目を細め、彼の手元の銃だけを見た。
「死ぬ覚悟がある者は、最もよく生きる。それだけ」
その一言を残し、踵を返す。
アリフは黙った。
だが、彼の目はすでに何かを問い続けていた。アラヤが振り返ることはなかった。
夕暮れ、村の奥にある土壁の家で、アラヤはナムーン長老と対座していた。
男は痩せていたが、骨は太く、声は濁りのない低音だった。
彼は手にした木杯を差し出しながら、アラヤの目をじっと見た。
「あなたの教えは正しい。子らは戦う道具だ。生きるために、死に方を学ばねばならぬ」
アラヤは受け取らなかった。
「でも――」と、長老は続けた。「記録には残らぬことがある。言葉は、帳面には乗らぬ。だが……魂には残る」
「……記録されねば意味はない」アラヤはそう返した。
長老は、目を細めて微笑んだ。
「違う。“記録されないこと”こそ、意味があるのだ。
それが、神の言葉が書物にされなかった理由だ」
アラヤはそれ以上、何も言わなかった。
その夜、アラヤはひとりで広場に戻った。
空には星が散らばっていた。風の音が耳を打つ。
訓練で足跡の消えた砂地に、彼女は跪く。
アラヤは空を見た。
夜空に、何の“構造”もなかった。ただ、星々が静かに燃えていた。
彼女は銃を膝に置き、かすかに目を閉じた。
遠く、子どもたちの笑い声が一瞬だけ風に乗って届いた。
彼女の中に何かが響いた。
だが、それが何かを理解するには、まだ夜が深すぎた。
コーヒーハウスのカップから立ち上る蒸気は、煙草の煙と混ざり合いながら低く漂っていた。
黒いマントの男が窓際に腰かけている。その男と背中合わせにアラヤが座り、話しかける。
「“種蒔き”は順調。おそらくこの地の聖戦士なら数日は足止め出来ると思う。武器の配送も予定通り」
「……期は熟した。そろそろ立ち上がる時間だ」
男が話す。声に抑揚はなかったが、沈黙を選ぶには重すぎる言葉が、濃く流れていた。
アラヤはカップに手を添えながら、視線を外の通りに投げた。陽の光はまだ柔らかく、石畳に伸びる人々の影はのびやかだった。
「策はあるの?」
その問いに、男――モーリスは短く笑った。
「あるさ。君にも少し、働いてもらう」
「ねぇ…本当にこんな事を続けて、真実に辿り着くの?」
「時には遠回りも必要だよ。この話が続く限り、いずれは。それまでは世界統制官が編み出すシナリオを打ち崩すしかない」




