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1:砂と毒薬

夜の砂峡地帯は、音を吸い込むような沈黙に包まれていた。

月は雲に覆われ、薄く滲んだ光だけが濡れた砂利道と枯れた灌木を鈍く照らしていた。


ある野戦陣地、そこには大型トラックに載せられた円筒の物体。中距離弾道弾「ヴァイスメテオール」の輸送起立発射機が何台も止まっている。

そこに到着する一台のトラック。

エンジンの鼓動が止まり、冷却ファンの甲高い回転音が耳を打った。荷台の後部に据えられた黒い円筒には、帝国語で刻印された識別番号がある。

それは「通常弾頭」ではなかった。


「この積荷をすぐに移送してくれ。取り扱いは慎重に。弾頭は通常にあらず――これはGX弾だ」


帝国軍の魔術士官はその一言だけを残し、発射装置を睨んだまま黙した。

部隊の指揮官が顔色を変え、遠巻きに部下へ命令を飛ばす。


そのとき、砂利を踏みつけるような乾いた音が、陣地の外縁部から断続的に聞こえ始めた。

最初の警備兵の喉が裂かれたのは、そのすぐ後だった。


彼女は音を立てない。

刃は短く、鋭く、声帯を寸断する。

血は噴き出さず、ただ噛み締めるように地面へ落ちた。


アラヤはマスクもヘルメットも付けていない。夜の熱に濡れた睫毛が静かに揺れていた。

彼女の動きは連続ではない。間がある。記録には残らないほど短い――まるで時間そのものが滑っていた。


照明塔のサーチライトが一瞬だけ白く爆ぜた。

彼女の姿が、発射装置の下で明滅するように照らされた。


「侵入者だ!中央へ――!」


怒声とともに銃撃が始まった。弾丸の風が頬をかすめる。しかしその軌道はすでに意味をなさなかった。

アラヤの瞳がわずかに細まり、瞬の奥で時間が――加速した。


空間が遅れる。人間が遅れる。弾道が遅れる。

彼女は銃撃の間隙を縫うようにして弾頭へと向かう。


そして、発射装置の台座。

アラヤは膝を折り、両手で銃を構え、たった一発を放った。


弾頭の側面が裂ける。

音もなく霧が噴き出す。黄色く濁った神経毒の霧。

触れた者はその場で崩れた。もがく間もなく、肺が焼け、脳が痺れ、目が潰れる。


アラヤはすでに防護服を着込み、ガスマスクを固定していた。

あらかじめ折り畳まれていた小型爆薬を弾頭下部に滑り込ませる。起爆コードは口に咥えていたスイッチを用いる。


カウントは必要なかった。走るだけだった。


背後で、弾道弾「ヴァイスメテオール」が破裂する。

白熱光。爆風。鋼鉄が砕け、地面が盛り上がる。

火が生まれ、黒煙が夜空へと這い上がる。


逃げ場は崖しかなかった。

崩れた足場。砕ける岩肌。

アラヤは呼吸を切り詰めながら、最後の跳躍の準備をした――が、そのとき。


夜空を切り裂くような低空の爆音。

背後から、双胴の偵察機が滑るように進入してくる。

その腹部から一条のロープ。そこに少女がぶら下がっていた。


ナユタだった。風を裂くような角度で降下し、彼女は片手を伸ばす。

アラヤの身体がふわりと浮いた。

重力を断ち切るような、ナユタの力が空間に干渉している。


宙を舞う。風が肌を叩く。

ロープが巻き取られ、二人の身体が機内へと引き上げられた。


「おかえり、アラヤ」


ナユタの声はあくまで平板だったが、その眼差しはどこか誇らしかった。


「おかげさまで上手くいったわ。モーリス? こっちは成功よ」


通信機に応答が返る。あの柔らかく、しかし常に一歩先を見ている声。


「了解。今、発射した。――その機で観測してくれ」


「了解」


機体が旋回する。遠ざかる爆心地。

そして次の瞬間、視界の下からまばゆい閃光。

昼のような白。爆発の中心が弾け、火柱が大地を割る。


やがて、きのこ雲が立ち上がった。赤く、重く、空を舐めるように。


「やば……」

ナユタがぽつりと漏らす。


「燃料気化爆弾ね。毒を焼き尽くすにはうってつけよ」

アラヤが静かに答える。


「まるで熱核反応みたいだけど、連盟や王室連合がビビるんじゃない?」


「心配ないわ。放射線は出ないから」


その声には何の揺れもなかった。

だが、アラヤの視線は、上昇していくきのこ雲のてっぺんで、何か別のものを見ていた。

それは、過去か、未来か。始まりか、終わりか。


風は止まっていた。

記録も失われていた。

それでも彼女は、見ていた。


そして思った。

この世界が変わったのは、あの日。

あの――脱走の日からだった。


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