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7:記されぬ死

保管室は、あまりにも静かだった。

クシャナの身体はすでに冷たく、魔術層の反応も完全に途絶していた。

その場にいた全員が理解していた。

彼女は死んだ――だが、“記録されることなく”。


マルガが回収端末を確認し、首を振る。


「カメラは存在しない。魔術記録装置も……停止処理の痕跡すらない。

ログ上は、誰もこの部屋に入っていない。誰も、ここに存在していない」


それは即ち、“記録国家において起きていない死”を意味していた。


カルパが、沈黙のままクシャナの亡骸に膝を落とす。

手袋越しに額へ触れ、微弱な魔力を走らせる。

生体残留信号は途絶している。

しかし、彼の視線は徐々に確信へと変わっていった。


「……妙です」


その言葉が、保管室の空気をさらに冷やす。


「この貫通痕、後頭部から前頭部へと抜けてます。

でも、彼女は仰向けにして倒れている。さらに、部屋のどこにも弾痕が存在しません」


マルガが顔をしかめる。

ソダシが周囲をぐるりと見回す。壁面、床、収容コンテナの側面……

弾丸が接触した痕跡は、どこにもなかった。


「――どういうこと?」


アラヤの問いに、カルパが答える。


「時間錨のズレ…です。

通常、観測痕跡は“死の瞬間”に最大値を記録するはずです。

でも今、残っている波長は……その2秒前にピークがある」


「つまり?」


「普通の観測者じゃない。“逆行する観測者”の痕跡です。

観測波の位相が、完全に反転してる。

時間操作魔術、それも“逆行”が使われたとしか思えません」


沈黙が部屋に沈む。


アラヤの視界が、わずかに揺れた。

足元にある――ラーダの封印ケース。

重厚な魔術金属で密封され、物理的・情報的に“無”へと隔離された、かつてのパートナー。


その封印室で、誰かがクシャナを殺した。


ありえない偶然ではなかった。

これは、意図的に選ばれた舞台だった。


アラヤとラーダ。

その接点を、この“死”の中に埋め込むためだけに。


誰かが、記録にも記憶にも刻み込むように仕組んだ。

この死は、メッセージだった。

アラヤに対する、冷酷な“通告”だった。


彼女は何も言わなかった。

ただ一度、封印ケースに視線を落とし、その光沢の中に――

かつての自分と、今の自分、そして“まだ記録されていない未来”を、同時に見た気がした。



ラーダ――万能文化女中の主務機体――は、重厚な魔術封鎖の奥に鎮座している。

それは、かつてアラヤの任務を共に遂行した知性機械であり、今では“メンテナンス中”として運用休止状態であった。


アラヤの指が、封印端末の魔力認証領域に触れる。

かすかな音とともに、記録層の一部が起動され、魔力反応層が明滅する。


データに異常があった。

特に、「音声記録領域」に、意図的に暗号封印されたアクセスログが存在していた。

——発生時間は、クシャナの死亡推定時刻と完全に一致していた。


アラヤはアクセス鍵を展開し、記録を再生する。

無音の数秒の後、暗がりの中から聞こえてくるのは、クシャナの声だった。


> 「気付くのが遅かったようだ」


すぐに続く声は、異質だった。

声帯の可聴範囲に歪みがある。

部分的に逆再生されたような、意味と構文が交錯する音。


> 「いなゃじ私、えいい」


アラヤの鼓動がわずかに早まる。


> 「ディーパも君の仕業なのかい?」


> 「よ罠、はれこ。わう違」


構文が切れるたびに、どこかで数字の音がこだまする。

それは、かつてアラヤの記憶を貫いた条件付けの数列と、同じリズム。


> 「確かに…君の能力であればこうなるね」


> 「?たっ撃…が私」


> 「やはり君だったか」


銃声が響く。

一発。明確に、額を撃ち抜くような鋭さ。


音声はそこで途切れる。


空気が止まっていた。

保管室の封印ランプがかすかに揺れている。

何かが、音もなく、記録を封じたかのようだった。


そのときだった。

ラーダが動いた。

正確には、起動した端末の中から、視線を持った“光”がアラヤを捉えていた。


そして、かつて聞き慣れたその声が、今ふたたび響く。


「逃げろ、アラヤ。悪いことは言わない」


その声には、感情があった。

記録の助言装置であるラーダには不要なはずの、切迫した焦燥があった。


「この“先に”起きることは、アラヤにとって最悪しかない」


アラヤは何も言わなかった。

その“先”がどこなのか、何を意味するのか、言葉にせずとも分かっていた。

それでも、自分がここに来た意味を、彼女は知っていた。


ラーダの言葉は、やがてフェードアウトするように消えた。

再起動許可は出ていない。

だが、今確かに――アラヤはラーダの目と再び向き合った。

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