10:たった4人のプラトーンです
泥道の先に、ひとつだけ灯りがあった。
ジャングルの縁を照らすその光は、乱反射しながら濁流のように滲んでいた。
車のヘッドライトではない。もっと控えめで、頼りない――だが、確かな「待ち人の灯り」。
ラーダが速度を落とし、葉に濡れた前輪を砂利に滑らせながら停止する。
アラヤとシビルがその背から降りると、灯りのもとに立っていた男が缶ビールを片手にこちらを見た。
「やあ」
ヴァンは肩にライフルを提げたまま、片手で缶を軽く持ち上げた。
「来ると思ってたよ」
アラヤは少し眉をひそめる。
「どうして、あなたがここに?」
「グリーンハウスでの支払いが揉めてさ。武器の引き渡しも、ごねられてね。
結局、交渉は決裂。……まあ、あれよ。爆発とか、殺し合いとか、そういういつもの流れ」
ラーダが一歩前に出た。
声は乾いていた。
「そんな呑気に言うことじゃないでしょ」
「呑気が取り柄なんだ。俺の仕事柄ね」
ヴァンは缶を地面に放り投げ、足で潰した。
「ところで、ドゥオンは無事だったか? あいつ、巻き込まれてたら困るんだけど」
アラヤは首を横に振る。
「……殺されたわ。ナイ・ペレに」
ヴァンの目が細まり、拳がきつく握られる。
口から声が漏れるまで、しばらくかかった。
「そうか……やっぱり、連中は“バナナフィッシュ”を知った人間を生かす気がなかったってことだな」
アラヤは視線を逸らした。
「王室連合の騎士が漏らした情報のせいね。こんなことなら、あの時点で始末しておくべきだった」
「もう過ぎた話よ」
ラーダが鋭く言う。
「今さら悔やんでも、死者は戻らない」
ヴァンは肩をすくめた。
「まあ、どうせ俺の契約はどこまでも終わらない。だとしたら――乗りかかった舟だ。
今は、“バナナフィッシュの護衛”ってことでどうかな? 一時的共闘。報酬は後で」
アラヤは答えず、ほんの一瞬だけ考えた。
そのとき、背後から小さな手がアラヤの袖をそっと掴んだ。
シビルの手だった。
沈黙の中にある、その無垢な力を、アラヤは確かに感じた。
「いいわ」
アラヤはゆっくりと頷いた。
「その代わり……裏切ったら、時を止めて、心臓を摘むわ」
ヴァンはにやりと笑った。
「名誉なこった」
夜明け前、ジャングルの縁で、焚き火もない小さな野営地に四人が集まっていた。
木々の間から、まだ薄青い空が覗いている。
誰も言葉を発さず、ただシビルの寝息だけが穏やかに響いていた。
アラヤはハンディラジオを耳に当てていた。
ザラついた音の向こうに、金属的な女性の声が聞こえてきた。
「本日の模範党員、11-076341、106-174526。繰り返す、11-076341、106-174526。以上。革命の前衛として奮起せよ」
ラーダが寝そべったまま声をかけた。
「それで、上は何て?」
「指定されたポイントを連呼してる。つまり、そこに“連れて行け”ってことよ」
アラヤはそう答え、手元のラジオのスイッチを切る。
その視線が、隣で眠るシビルの横顔に向けられる。
木漏れ日よりも白い肌。まぶたの下に揺れる微かな痙攣。
ラーダは静かに言う。
「あんまり情を持たないほうがいいわよ」
アラヤは目を閉じた。
「……分かってる。けど、どうしても」
ヴァンが煙草の灰を指で払って歩み寄る。
火の気配がないぶん、彼の影は長く滲んでいた。
「この後はどうするつもりだ?」
「行き先は決まってる」
アラヤは短く答える。
「そこまでシビルを連れていく。それで任務は完了。
あなたは?」
「州都のダロンに行くつもりだ」
ヴァンはジャングルの向こうを見やるように言った。
「伝手を辿れば、帰国の便を用意してくれる誰かがいるかもしれないしな。
あんたは?」
「同じよ。ダロンには私たちの通商代表部がある。
接触できれば、本国への連絡が取れるはず」
「そうか」
ヴァンは一息つき、火の消えた煙草をくわえ直した。
「ところで、“契約”の対価はどうするの?」
「対価……か。正直、これは俺の自己満足というか、
罪滅ぼしに近いもんだ。あんまり考えてなかったな」
ラーダが苦笑する。
「タダより高いものはないって言うけど」
「帰国の便を手配するわ」
アラヤの声は落ち着いていた。
ヴァンが驚いて顔を上げた。
「おいおい……本当にいいのか?」
「これくらいの礼はするべきよ。
今はこれが精一杯。……だけど」
ヴァンはしばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「いや、十分さ。ありがとな、嬢ちゃん」
空が、じわじわと白くなり始めていた。




