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3:血術使いのイケメンに正体バレでご主人があっさり解剖台コースに送られたんだが

アラヤは帝国西部・カルナート山系の地下に埋設された、発射斜坑型ミサイル基地オベリスクにカバー身分で潜入していた。

事前の資料によると、上空からは旧鉱山跡として偽装。周囲には魔術遮蔽結界と迷彩ドーム。地下は20階層構造。深部に発射ユニット、医療管理棟、制御中枢、研究棟が点在する、帝国のロケット研究の要となる秘密施設だ。



クララ・ケストナー博士のカバー身分で、アラヤは帝国航空宇宙庁の担当官に出迎えられる。

「博士、ようこそ《オベリスク》へ。あなたの見識がこの“聖なる打ち上げ”に価値を与えてくれると、上層は期待しております。」

同伴するのはラーダ――擬態状態で診察記録・心拍補助記録用の“助手型端末”に偽装中。

全身の発声装置は最小稼働。内部記録は常時転送型の端末にカモフラージュされている。


案内されたのは、巨大な発射縦穴の斜め上に設置された耐放射ガラスの展望通路。

下方には、ロケット《ヴァイスフォール》の白く鈍い弾頭部が鎮座している。

その外殻に刻まれた文字列:「DOMINVS・EX・SANGVINE(主は血より来たる)」

担当官が説明を続ける。


「この弾頭部は、乗員と神経インターフェースを格納するモジュールになっています。いずれも“聖別処理済み”。

生体適性、魔力感応率、審問官試験を全て突破した精鋭です。」


アラヤはうなずく。

だが、その表情はほぼ無。



担当官が案内を続ける。

「では、後方推進部をご覧いただきます。」


彼らは隔壁を通り、極低温区域/動力換装区画に進む。

空気は濃厚な魔力に満ちており、室温はわずかに氷点下。


そして現れるのは──


4体の魔女。


彼女たちはカプセル状の拘束球体に閉じ込められ、胸部・脊髄・脳幹部から直接、魔術回路が接続されていた。


カプセルの底部には、血液がゆっくりと循環し続けている。

それはただの生命維持ではない。魔力を“燃やす”ための、血の蒸留炉。


アラヤの瞳孔がわずかに収縮しつつ、演技を続ける。

「流石帝国の技術の結晶ね」

「彼女たちは“燃料”ではありません。

むしろ、“祈りの芯”と言うべきでしょう。

このロケットは、魔女の祈りを“推進力”に変換する神性機関です。素晴らしいでしょう?」


アラヤは、静かに視線を魔女たちの顔へ向ける。

全員、目を閉じていた。だが――

一人の魔女が、かすかに唇を動かしていた。

「……たす……けて……」

ラーダの通信がアラヤの耳内に入る。

「ああなると、もう不可逆的な改造だろうね。残念だけど助けられない」

「そうね…」


アラヤは担当官への返事と重ねるように、ラーダに返答した。


「では次は医療管理棟に…」

「そっちは大丈夫。ある程度聞いているわ」

「そうでしたか。では私はこれで。我が血と記録、民族に捧げます(ジーク・ハイル)!」

「ジーク・ハイル」

アラヤと担当官は共に右手を挙げ、通路を分かれた。


「それで、ここからはどうするんだ?」

「ロケットの情報は得たわ。あとは破壊するか、それとも…」

アラヤとラーダが会話しながら通路を進む。ふと足を止めると、施設の奥に、誰かが見ている気配。

振り向いても誰もいない。

だが、空気の“律動”が変わる。


ラーダが低く告げる。

「魔力残留痕あり。“血術”構文と一致。マルクス・ファルンハイトだ」

「気付いたみたいね」

アラヤは通路を引き返そうとするが、施設内のドアロックが通常より遅延して開く。

一瞬の誤差。だがそれは、帝国の“誰か”が、彼女の動向を確定した証。

「気を付けろ、罠だ」


ラーダが低く告げた瞬間、アラヤは立ち止まり、通路の天井に視線を走らせた。

わずかながら空気の対流が反転している。──通常時にはありえない、魔術型監視網の偏在。


「ラーダ、分かれて。私が囮になる。あなたは“E-9軌条”から脱出して、データを上層に」

「了解。外部リンク切断後、自律行動モードで動く。生きて戻れよアラヤ」


通信が切れ、機械音とともにラーダの姿が壁の格子へと消えた。

その直後、金属の開閉音が続き、各階層のドアが順次閉鎖されていく。

──封鎖モード発動。対象排除ではなく、対象“固定”の挙動。


彼らは、捕らえるつもりなのだ。


アラヤは内ポケットから消音拳銃を抜き、薬室を確認。


そして次の瞬間──通路の先から、規律正しく展開する警備隊が現れた。

礼装を纏い、胸部に“主の印”を佩く彼らは、戦闘というより儀式のように静かだった。


その中央。

ゆっくりと歩み出たのは、紅い法衣に白銀の髪、マルクス・ファルンハイト。


彼は手に、旧式の大型拳銃を構えていた。銃身は延長され、銃口には符号術刻が彫られている。


「……医師が銃を握るのは珍しいが、君は例外か。クララ・ケストナー博士」

「帝国には“仮面”の見分けもつかないのね」

アラヤは静かに銃を構えた。


銃声。

先に引き金を引いたのはアラヤだった。狙いはマルクスの左肩。

だが、銃弾は空間を“ずらされ”、着弾すらしない。


「記録されない弾丸は、当たらない」

マルクスが淡々と呟き、兵たちに手を挙げる。

その瞬間、一斉射撃がアラヤを襲う。


──時間停止、2秒。


アラヤの瞳が収縮し、世界が“止まる”。

弾丸の軌道が、凍った光の粒のように宙に浮かぶ。

足元から滑り込むように、アラヤは斜め後方へ跳躍。

照明の影に潜り、再起動。世界が再び動き出し、銃弾は空を切った。


反撃。

アラヤは側壁の消火装置を起動し、白煙と視界遮断を作り出す。

小型の閃光弾を投げ込み、次の瞬間には別通路へ──


だが、そこにはマルクスが立っていた。


「な──」


“時間停止”の影響外。否、それ以上の事態。


マルクスは拳銃を水平に構え、アラヤの足元に一発。

銃弾ではない。血の印章が地面に焼き付き、彼女の“位置”が固定される。


足が動かない。


「血術構文:聖印固定」

「君の流れは、ここで終わる。あるいは、ここから始まる」


アラヤは反撃を試みる。だが、その能力発動の根幹である魔力が“自分の血”に逆流する。

──血が、命令を拒絶している。

彼女の中に流れる“記録”が、外部の契約に強制書き換えされているのだ。


「……あなたの“術”。血の記録そのもの…みたいね」

「その通り。君は記録を逃れようとした。しかしそれも、私の血が記録している」


彼女の膝が崩れ、床へと落ちる。

マルクスは近づき、拳銃をその額へ──

しかし引き金を引くことはなかった。


「殺す価値はない。君は“記録すべき対象”だ」

「連れて行け。エルンスト主任に引き渡せ。素材としては上等だ」


兵士たちがアラヤの両腕を拘束する。

マルクスは彼女を一瞥することなく、通路の奥へと歩き出した。

その背には、静かに煙を上げる銃口と、揺れる紅い法衣。


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