7:語り部系盗賊とか言ってるけど、どうせまたロマン拗らせた厄介枠でしょ
──知ってるかい?
盗みってのは、入り口より出口の方が難しい。
けどな、あの女はその「出口」を最初から決めてた。
物理じゃなく、契約でもなく、“記憶”という出口を。
俺たちはそれぞれのルートで街を離れた。
グライムは南の鉱山街へ、ヴェスパは船に乗って消えた。
フェルドは偽装旅券を片手に、国境に向かっていった。
俺? 俺は、あの屋上から逃げて、古い列車倉庫に潜った。
そこで、イヴが残してくれた小包を開けたんだ。
中には、王室の通行証と、分配された宝石類と、
……それと、一枚の手書きメモが入ってた。
「次は“あなた自身”が狙われる側かもしれませんわ。
くれぐれも、記憶の整理はお早めに。──E」
冗談きついぜ。
記憶の整理なんてできるわけがない。
あの夜、あの女が馬上で契約騎士と“詩で殴り合った”あの光景。
今もまぶたの裏に残ってる。
思い出すたびに、背中がぞわりとする。
“誰でもない者”が、“王権の記憶”を持って消えたってんだ。
こりゃもう、ただの泥棒譚じゃねえ。
しばらくして、あの銀行で火災があったらしい。
──記録倉庫が部分焼失。証拠も記録も“偶然”吹っ飛んだ。
セレスティンが再調査に乗り出したって話も聞いた。
今度は記録じゃなく、“記憶”そのものを契約に組み込む儀式を準備してるってさ。
なら、やることは一つ。
彼女は消え、俺たちは黙り、世界はとぼける。
ただ、俺の中には残っちまったんだよな、あの女のことが。
「……面白い話だった。ビール、もう一杯どうだ?」
振り返ると、初老の男がいた。
粗末なコートにくたびれた靴、だけど目だけは眠っていない。
左襟には、白いウサギが跳ねる紋章のピンが付いていた。
「おう、ありがとな。あんた名前は?」
「モーリス。ただの物好きさ。君の語りは、忘れたくても忘れられそうにない。
それって、とても“保存価値が高い”ってことだと思うんだよ」
ビールがカウンターに置かれる。泡が静かに立つ。
俺はグラスを傾けながら、ゆっくりと笑った。
「最後に、一つだけはっきり言える」
「ん?」
「“あの女”と仕事したのは、俺の人生で最も“真実に近い記憶”だったってことだ」
──そう、盗んだのは宝石じゃねえ。
奪ったのは文書でもねえ。
俺たちが盗んだのは、“現実のルール”そのものだ。
そしてそれを誰にも気づかせずに、“記憶の中だけ”に置いていった。
……これを“仕事”って呼ばずに、何て呼ぶ?
おやすみ、エレナ・オルロフ。
次に会うときは、もっとマシな嘘を用意してくれよ。
俺も少し、本気出すからさ。
──ベック・カンパネルラ、盗賊。たまに語り手。