2:嘘つきは仲間を集め、銀行を狙います
あれから二晩、俺は街中の“地面の下”ばかり歩いていた。
盗賊が本気で動くときってのは、大体「顔を上げちゃいけない」仕事のときなんだよな。
エレナ嬢——いや、“破壊神の仮面をかぶった貴族崩れ”が求めていたのは、精鋭3名。
曰く、「すぐに動けて、指示に忠実で、喋らずに結果を出す者」。
それって要するに、“職人気質のクズども”ってことだ。
第一の男はグライムだ。
炭鉱跡地の地下酒場『ペイルホロウ』、カウンターの下から爆薬の匂いがしたら、そいつは大体グライムだ。
「おう、ベック。まだ生きてたのか。感心、感心。で、今回は何を爆破すりゃいい?」
全長77センチのドワーフ、というか火薬の妖精。
口より先に導火線が光るタイプで、機嫌が悪いと爆薬に名前をつけて撫でる。
「銀行の地下。深さ9メートル、水平31メートル。6時間で掘れってよ」
「6時間? そりゃ、詩的だな。死ぬ詩だぜ?」
でも最後には「面白そうだ」と笑って、懐からタバコと起爆信号のリモコンを並べて見せた。
「契約は?」
「地獄の階段だ。付き合うか?」
「……おう。足場は俺が作ってやる」
第二の女はヴェスパだ。
リンドホルムの下層広場。昼は子ども騙しの幻術、夜は幻覚酒の密売と音楽。
そのどちらにも“毒”が混ざってるのが、この黒長耳の女ヴェスパだ。蠱惑な肉体と妖艶な眼差しがどんな男も虜にする。
「久しぶりね、ベック。あたしを口説くには花束が要るの、覚えてる?」
「今日は仕事の口説きだ。正装は用意してないが、ターゲットは王室の貸金庫だ」
「……またクソったれの金持ち相手? あたしのイリュージョン、法と契約は騙せないわよ?」
「でも“詩”は騙せるらしいぜ。古典語の魔術結界、読み間違えさせるんだと」
彼女は目を細めて、煙草をくゆらせた。
「……詩ってのは、嘘よりマシな真実。嫌いじゃないわ」
「地獄の階段、降りる?」
「ドレスの裾、焦がさない程度にならね」
第三の男はフェルドだ。
最後の一人は、金のために名誉を売った元騎士候補。
地下官舎の資料室で働いてるのを見つけた時、俺はある意味で感動した。
「よお、フェルド。自分の誓い、何グラムで売った?」
「その問いは何度も夢に出る。だから金を稼がないと眠れない。……で?」
「王室貸金庫の図面をくれ。あと、衛兵の交代スケジュールと地下の熱線層の構造」
「……報酬は?」
「30%の等分。聞いて驚け、なんと開けたら中身は掴み取り放題だ。だが契約不履行は、記憶への刻印付き」
フェルドは、声を上げて笑った。壊れた奴の笑いだ。
「いいね。脳の奥に焼き付けるくらい、気合いのある契約の方が、俺は眠れる」
こうして、王室の貸金庫という堅甲な城を落とすにふさわしい仲間が集まったというわけさ。
王立銀行の裏通りを抜けた馬車の車輪が、石畳を細かく弾く。
騎士街から放たれる霊圧のような魔術の残香が、車内にもわずかに入り込んでいた。
アラヤはカーテンの隙間から外を覗いていた。
いつでも何かが崩れ落ちる前兆のように、街は静かだった。
「……来るわ」
「何が?」
助手席の奥、万能文化女中のコスモラーダが足を組み直しながら問い返す。
女中形態は今日も完璧で、黒白の礼装は埃一つなかった。
「セレスティン・バードリッジ。王室騎士団直属の契約監査官。
このタイミングで王都入り……まあ、当然と言えば当然ね」
カーテンの向こう、通りの向こう側——
白銀の装甲をまとった騎士が馬上で進んでいた。
ゆっくりと、だが一切の迷いなく、石畳の上を進む。
彼女の馬は重装の魔装軍馬『レター・オブ・マーク』、
魔力の流動に従って足元の舗道がわずかに浮き上がる。
鎧の各関節から微細な詠唱音が漏れ、空気が震えていた。
「王室の詩を背負う女、だそうね。あれがこの街の“審判”の代表」
「いやあ、厄介な検閲員の登場ですなぁ」
ラーダが茶目っ気たっぷりに息をつく。
「『街の出口にある関所のオバケ』とか、『馬上の契約書』とか、いろんなあだ名があるけど……」
「どうやら私、“詩の読み違え”にかけては定評があるの」
「そりゃもう、カバーの貴族口調だって読み間違ってるしね。昨日なんて銀行員に『わたくしの傭兵がミスしまして』って、だいぶ人聞き悪いよあれは」
「なら貴族らしく言っておくわ。ご安心あそばせ、もう失敗はしませんの」
「それが脅迫になってるから怖いんですよ、お嬢様」
アラヤは視線をそらさずに、ラーダの声を流す。
セレスティンの馬が角を曲がり、姿がゆっくりと消えていく。
だが、その背中はただの警戒対象ではなかった。
彼女は“契約で過去を上書きする槍”を持っている。
記憶を、時を、因果を、“王の意志”として書き換える者。
彼女が王都にいる以上、この作戦の全貌は予定通りには進まない。
「……ところで、今回の目的、もう一度確認する? 」
「そうね。今のところは予定どおりだけど。目的はMC文書、そしてその“構文の変遷”。
過去800年の王権がどんな“ルール上書き”をしてきたか、すべて記録されている」
「それを記憶する、と?」
「違うわ。“消去”するの。私の中で」
「……いつもながら怖いこと言うわね。記憶の中にあるだけで、文書そのものは手放す、つまり“記録の遺棄”。王様はボロ泣き必至。私たち革命の担い手冥利につきるわ」
「じゃあ泣かせてあげるわ。詩的に」
「お嬢様、それは“革命”って呼ぶんですよ」
アラヤは少し笑って、カーテンを閉じた。
外ではまだ、遠くで蹄の音が響いていた。