第1話
軍靴の音が鳴り響く。
日の光に長い影を伸ばし、束ねた髪は風に靡く。
黒曜の双眸に鋭い光を宿し、一切の隙もない足捌きで廊下を行くのは齢二十程の青年ーーセイ=グランジール、である。
中性的な面立ちや華奢な体つき、濡れ羽色の艶ある髪は芸者のような美しさを秘めるが、そんな姿に似合わず肩口には三つの桜を掲げ、なめらかな純白の剣を佩く。
彼は帝国に十人と居ない『桜月』を戴く者であり、濃紺の外套にあしらわれた金刺繍は彼の高い品位を伺わせた。
足を止めて視線を外へやれば、乾いた青い空にポツンと輝く欠け月が見える。
今夜の星は綺麗に見えそうである。
ふと気になってさっと空を掬い上げるように手を伸ばすと、僅かに風が歪む。
皇族の住まう帝城でこんな真似が出来るのは、、、私は一人しか知らない。
タチの悪いおふざけに、気付けば喉を鳴らしてしまっていた。
「セイ様、如何なされました?」
その言葉は彼の後ろに従う燕尾服の青年からだ。俯きがちではあるがセイより背丈が若干高く、その精悍な体つきはただの服一枚で容易に隠せるものではない。
「上申書についてはお任せください」
「、、、いや、それには及ばない。あくまでアレは精霊の類だからな」
「かしこまりました」
彼は聡く、セイの行動が高度な敵に対する牽制だと見抜いたために仔細を尋ねたのである。
セイに与えられた勅命は帝国を守護すること。
些事にその手を煩わせるべきではないと考えたのだ。
だがセイは断り自身の手で事を済ませるつもりである。
それが意味するところはつまりーー
しばし過ぎて、彼らは一枚の大きな扉に向き合う。
全面に枝葉を広げた大樹が彫られた大層な芸術品だ。細部まで緻密な装飾が施され、これほど豪奢に飾られるのは、帝都広しと言えどもこの場所しかないだろう。
燕尾服の青年はセイの一歩前に出て扉に手をかけると、力を込めて重苦しい音を響かせた。
中へと歩を進めたセイはすれ違いざまに一言。
「ウェス、万全を期せ」
ウェスと呼ばれた青年は何も言わずにただ一礼し、セイの後ろ姿を見送った。
セイが入った部屋はかなり広く、六本の柱が等間隔に天井を支える。最奥は一段、二段と高くなり、日の光を多分に含むステンドグラスの輝きを一身に受けるのは、一対の玉座。
此処は謁見の間である。
セイは段前まで行くとおもむろに跪き、留め具を外して腰の剣を自身の前に横たえた。
そして待つこと数分。
荘厳な音が聞こえ、それが止むと、静かな声が舞い降りる。
ーー勇者 セイ=グランジール。勅命を言い渡す。
ーー我らが敵を討て
「仰せのままに、皇帝陛下」
彼はその命を受けて深々と一礼すると、剣を携え静かに謁見の間を後にした。
一人、廊下を行けば軍靴の音が鳴り響く。
窓の外を見上げるも、そこにはただ青い空が広がるだけであった。
◇ ◇ ◇
さて。此処で少し『勇者 セイ=グランジール』について語るとしよう。
彼はかつて千年前、数多の魔族を率いる魔王を討ち果たした、帝国技術の粋を集めた兵器である。
その威は計り知れず、
一太刀振れば大地を砕き
二太刀振れば大海を割り
三太刀振れば天空を裂くと言う。
彼の絶大な力には何者も及ばず、地に伏す事だけが許される。
時が来れば兵器として、彼はその双剣を存分に振るうだろう。
いつでも彼の心に慈悲はない。
取り敢えず第一話。
(やっぱ短いよなぁ、、、どこかで更新すると思う)