プロローグ 翡翠色の願い
勇者は生きる。
その心は何処に。
戦場を駆け抜ける。
風を切り、誰よりも速く。
私は剣を振るう。
鎧袖一触。全て等しく斬り裂いて。
姿こそ人と似れど、決して人ではない野蛮な生物。
たとえ彼らが剣で受けようと、力のままに断つ。
柔らかな肉を潰す感触。鼻を刺す臭気。
断末魔が嫌に耳に残る。
「ーー撃てーっ!!」
けたたましい戦場の中で、微かな号令を耳にする。
その直後。
ドオオオォォォォンンンーーーー・・・・
ドオオオォォォォンンンーーーー・・・・
ドオオオォォォンンンーーーー・・・・
轟音が幾つも重なり近くが爆ぜた。
鉄の雨が降り注ぐ。ヒトが散る。
そこに感慨はない。
絶えず駆け、敵軍後方ーー焚火の跡が多数残る地に。
無手の偉丈夫が待つ。
彼の従魔か、側には首無き鎧を控えさせる。
彼らの鎧は共に厚く魔力に溢れ、従魔は大斧を担ぐもその足取りは決して重くは見えず、また鋭く殺気立つ男の眼光から彼らの実力の一端を垣間見た。
「我が名はザイール!武神の栄誉を賜りし者なり!」
意気揚々と名乗りを上げる。
彼我の距離は互いに数歩の間合い。
「其方は勇者が一人、セイ=グランジールと見ゆる。如何に!」
問いに応えず、ただ白銀を掲げる。
彼は頬を歪めた。
「ーー参る」
その声を残し男の姿は消える。
探る暇などなく従魔が眼前に迫りその刃先が頬の薄皮を切る。更に攻め立てるが、守りの姿勢を崩さず打ち合い、隙を見て胴に一閃。
しかしその感触は霧を斬るよう。
違和感に硬直してしまった私の頭部に強い衝撃が走る。男の掌底だ。
男はよろめく私に追い打ちを掛けるが、振り向きざまに数合交え、そして互いに力量を知る。
ーー此奴は、遥かにっ!!
その差を悟った男は駆け出す。
私が追う。
従魔が立ち塞がったがその胴を蹴り上げ、止まる事なく男の背を間合いに収め正中を突く!
「はは・・・もはや此処までか」
男は自身の胸元を見下げる。
眩い白銀が心臓を貫く。溢れ出る血は留まる所を知らなかった。
「アル、フィーナ・・・さま・・・ッ!」
眼の前の男は歯を食いしばり、胸を貫かれてなお執念で拳を固くするも、その拳が振り下ろされる事はなかった。
剣を引き抜けば彼の身体は支えを失い、同時に背後で鎧が崩れた音を聞く。
血糊は拭かず、身を低くして剣を腰に据える。
来い、とその一言で機を伺っていた魔物共が一斉に襲い来る。
地から。空から。茂みから。
蛇や鼠、蟲に始まり果ては傀儡と化したヒトの群れ。
コレが出来るのは、この世でただ一人。
全て斬り捨て彼女の前に立つ。
「ーー魔王アルフィーナ!」
両手の白銀はより強く輝く。
日を背に見せる彼女の笑みはひどく暗かった。
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朝日に白む空。煌めく水面。
その境はまるでない。
穏やかな風が頬を撫でる。嗅ぎなれた磯の香りが心地よい。
「ーーねぇ、聞いてる?」
此方を覗き込む翡翠色の瞳。
「あぁ・・・いや、すまない。何の話だ?」
「もう。しっかりして」
頬を膨らませる少女ーーリオルナーシュは話を続けようと此方を見上げたが、何故か口をつぐんでそっぽを向いた。
問えば彼女は言う。
セイは一人じゃないから、と。
その意味を聞かなかった。彼女も言わなかった。
しばし波の音だけに身を任せる。
「・・・なぁ、リオ」
「なに?」
「ーー私を一人にしてくれるなよ」
彼女は目を見開いて、そして満面に喜色を浮かべる。
外見相応の、可憐な笑顔だ。
「当然だよっ!」
次回の投稿は早くとも三月になります。
どんな話だろうか、と気になった方を長く待たせる事になりますがどうかご了承ください。