プロローグ
こんな話を知っているだろうか。
幽霊は死んだときにしていたことをし続ける、という話を。
例えば飛び降り自殺をしたら死んだ後も落ち続ける。例えば首を吊って死んだ人は死んでからもぶら下がり続ける。
では、うんこをしている時に死んだ俺はどうなるのか。
その日は朝から腹が痛かった。トイレに行くも、散々粘って出たのは兎の糞みたいな小さなモノが一つ。
「せっかくの土曜日なのに最悪だよ……」
山上和人は一人暮らしを始めてから便秘に悩まされていた。理由は自分でも分かっている。偏食のためだ。
もとより野菜は好きではないためあまり食べる方ではなかったが、実家を出てさらに食べることがなくなった。
(まあ、ごろごろしてたら自然と出るだろ)
ベッドで横になり、小一時間スマホで動画を見ていると、突然腹痛が和人を襲い始めた。
「うっ……トイレっ!」
急いでトイレに駆け込むも何も出ない。
(毒素を排出したいならてめーで勝手に出せよ!ふざけんなよ)
何度踏ん張るも出る気配のない自分の体にストレスがたまる。
イライラしながら思いきりお腹に力を入れる。早く出てくれと腹をさすりながら念を込める。
すると、少しずつではあるが尻の門が緩み始めた。
「ううううううううぅぅぅ……!」
勝機を逃すまいと和人はうなり声をあげながら腹圧を込める。歯を食いしばり、止めた息を飲み込むように力を入れる。上気した頭には血流が集まったためか脂汗がにじむ。
そして、
出た。
堰を切ったように溜まっていたものが出始めた。肛門からは自分の体温とは思えないほどの熱を感じる。伝わっていた硬い感覚が柔らかいものに代わり、にゅるんと途切れる。
「ふーーーーう……」
和人は今まで自分を内側から苦しめていた怪物を倒したことで安堵した。
その時だった。
頭の熱がサーっと引いていく感覚がした。
(あ、れ?)
目の前が真っ白になる。
目が開いているはずなのにあるはずの視界がない。
(これ、ダメだ……やばい…………)
薄れゆく意識の中、頭の中に浮かんでいたのはまだ流していないトイレのことだった。