父、西部地方へ① ナイト辺境伯の伯父と話す
フォックス子爵は西部地方に出かけた時のことを思い出していた。
『ナイト辺境伯との縁組の件でご相談したいことがあるので、至急お越しください』
仲介人であるベン・マーズ子爵からそんな手紙が送られて来たのが、ふた月前のこと。マーズ子爵はナイト辺境伯の伯父に当たる人物である。
……縁組? まさか、ナイト辺境伯が当家と?
それとも先方に縁組の予定があって、祝宴に際して、こちらに何か協力を求めているのか?
事情がよく分からなかったが、あちらのほうが社会的立場は上なので尊重せねばならず、すぐに自邸を発ち、西部地方にあるマーズ子爵の屋敷に向かった。
対面してみると、マーズ子爵の態度は非常に不可解だった。
先方はやはり当家の娘を求めているという。ひとり娘のオーブリーは長いこと外に出していない。会ったこともないのに、なぜ?
それに結婚という一大事であるのに、いやにせっつく。この話をすぐに取り纏めたいと言う。
マーズ子爵は常識的な人物に見えるので、こうも無理強いされると、物腰と言動のギャップが際立ち、なんともいえない狂気を感じさせた。
……やはりおかしい。
この話――どういう経緯で当家が候補に挙がったのだろう?
あちらは貴族社会で一目置かれているのに対し、こちらはそうでもない。ナイト辺境伯側に何かメリットがあるのだろうか。
フォックス子爵は警戒心を抱いた。
そこでマーズ子爵に事情を尋ねてみたのだが、
「詳しくは話せない」
と突っぱねられてしまう。
ただ――『宗教上の理由』という、曖昧模糊としているわりに、『なるほど?』と一応は思えるような、簡単な説明はされた。
フォックス子爵は考えを巡らせた。
……さて、どうしたものか。
ひとり娘のオーブリーを嫁に出すとなると、家の中がゴタゴタしそうだ。
ブース婦人は納得しないだろう。『それならすぐに私の娘キャメロンを養子に』と言い出すのは目にみえている。
面倒だな。今のままがいいのに。
ブース婦人が今回のことで大騒ぎするようなら、これを機に別れるか……? 確かに最近、彼女には飽きもきているが……ああ、待て、やはり現段階で手放してしまうのは惜しい。あれ以上の女がすぐに見つかるか分からない。
フォックス子爵はあれこれと打算を働かせた結果、腹を括ることにした。
――妻との離縁、愛人との再婚、色々と問題はあるが、こうなっては仕方ない。
「マーズ子爵、よろしいですか」
唇を湿し、少し前かがみになって伝える。
「私事ですが、近々妻と離縁し、別の女性と再婚する予定なのです」
その予定はたった今決まったところだ。
対面のソファに腰かけているマーズ子爵は眉根を寄せている。彼はとても注意深く、こちらの話を聞いているようだった。
「それでですね、その女性にはキャメロンというニ十歳の娘がおりまして、再婚を機にキャメロンは私の養女となります。つまり――」
「待ってください」
こちらの言わんとしていることを察したのか、マーズ子爵が途中で遮った。
「フォックス子爵、もしかして、そのキャメロン嬢を縁組の相手としたいとおっしゃりたいので?」
「ええ、そのとおりです」
「それは認められません」
「なぜですか?」
断られ、苛立ちを感じた。それは別にキャメロンが可愛いからではない。
マーズ子爵――あなたが急かすから、こうしてすぐに馳せ参じたというのに、そちらの都合を押しつけるばかりで、こちらの提案に耳を貸すつもりはないのか。
相手の高飛車な態度が癪に障っていた。
せめてナイト辺境伯本人に確認してから回答するとか、そのくらいの気遣いがあってもいいのではないか。
それに、縁組は家と家の結びつきなのだから、相手はオーブリーだろうがキャメロンだろうが同じはずで、突っ撥ねられる筋合いがない。
……もしかして、貴族の血筋じゃないとまずいなどの問題があるのだろうか。
フォックス子爵はふたたび口を開いた。
「再婚相手は元男爵夫人なので、その子供のキャメロンは、庶民の出というわけではありませんよ」
「そういう問題ではない。――宗教上の理由と言ったでしょう。ナイト辺境伯はオーブリー・フォックス子爵令嬢と結婚する必要があります」
「しかし」
フォックス子爵は逡巡したあとで、オーブリーを貶めてでもキャメロンを推すことにした。
「……お恥ずかしい話ですが、実子のオーブリーには、人格的に大きな問題があります。ナイト辺境伯と結婚させるのは、どうかと」