夫婦喧嘩は犬も食わぬ
黙って耳を傾けていたオーブリーは、『千年にひとり』の言葉にぎょっとしてしまった。
「え、そうなの?」
……あ、でも待って。『千年にひとり』と言っても、ポジティブな意味とは限らないのかも。オーブリーはそれに気づいた。
「それって、私のレベルが『無感知(NF)』であることが関係している? 上位言語を『聞き取れない』人は、その代わりに『見る』能力を授かるとか?」
「いいや、オーブリー、全然違う」
ナイト辺境伯がきっぱりと否定する。
「僕は物心ついた時には、すでに共感覚体が『見えていた』し、さらに上位言語も『聞き取れていた』からね」
物心ついた時って幼少期――つまり、三、四歳時ってこと? オーブリーは度肝を抜かれた。
「上位言語って、十歳で参加する『上位言語堅信式』で、神父様が祝福を与えてくださり、初めて聞き取れるものじゃないの?」
少なくともオーブリーはそう習った。
「普通はそうだけれど、例外もいる」
「どういうこと?」
「教会で行う魔力レベル測定は、実力以上のものが出せるよう環境が整えられているから、あの場で初めて上位言語に触れるという人が多いんだよね。――たとえるなら、高く飛ぶ競技で、その際に踏み台を用意してもらえるか、もらえないかの違いというか。だけど元々高く飛べる人間なら、踏み台なんて必要ない。時も場所も選ばず、ただ自力で高く飛べばいい」
「なるほど」
その説明は分かりやすいわ、とオーブリーは思った。
教会には踏み台が常備してあるイメージなのね。
たとえば、
――教会に常備されている踏み台が二十センチです。
――五十センチ飛べば、上位言語にアクセスできます。
――その子は三十センチしか飛ぶ能力がありません。
このケースだと、普段は上位言語にアクセスする能力はないけれど、十歳で参加する特別な儀式ならば、踏み台が用意されているから、その力を借りることで初めて最低ラインに届くわけだ。
そして飛べた高さによって、階層が変わる。
――五十センチ飛べば、『軽度 (L)』の階層に行けます。
――六十センチ飛べば、『中程度(M)』の階層に行けます。
――七十センチ飛べば、『強い(S)』の階層に行けます。
――八十センチ飛べば、『極度(X)』の階層に行けます。
という具合に。
だから元々八十センチ飛べる能力があるのなら、わざわざ教会に行かなくても、そしてまだ幼年期であろうとも、レベル『極度(X)』に届いてしまう。
「あなたは見える人でもあり、聞こえる人でもあったのね……羨ましいわ」
オーブリーが素直にそう言うと、ナイト辺境伯が思いがけず優しい瞳でこちらを見つめてきた。
……な、何よ?
オーブリーが眉根を寄せると、彼が吹き出す。
「そんなに警戒しなくても」
「だって」
「君は意地っ張りだけれど、根は素直だよね」
「何それ」
「だってさ――羨ましいわ、と口では言いながら、全然悔しそうじゃない」
「そうかしら? ……でも言われてみると、確かに悔しくはないかも」
「ほらね」
そんなふうに『お見通しだ』感を出されると、正体のよく分からない恥ずかしさが込み上げてきて、顔がかぁと熱くなる。
それで結局、可愛くない態度をとってしまうのだ。
「何よもう、私に負けを認めさせたいの?」
「さぁどうかな。もしかすると僕は君に負けたいのかもしれない」
「な……ど、ド変態!」
オーブリーはキュッとドレスの布地を摘まみ、真っ赤になって怒鳴った。
精一杯怒っているのに、ナイト辺境伯が楽しげなのはどうして?
「段々、君に罵られるのが快感になってきた」
「もう、馬鹿、黙ってよ!」
それを眺めていた可愛い小鳥のアヴィスが、『やれやれ』と翼を動かした。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ、というのは本当だな」
――ところで輪に加わっているイケオジのインベルは、行儀よく背筋を伸ばして正座しているものの、終始我関せずの態度である。




