僕はこの感情に名前をつけられない
……かくかくしかじか。
「だからそういう訳でね――お世話になった伯父様が強引に縁談をまとめたらしくて、ナイト辺境伯は何も知らなかったんですって」
可愛いブルーバードがコクリと頷いてみせたので、オーブリーはナイト辺境伯に視線を転じた。
「――アヴィスが『分かった』というように頷いているわ」
「そうか」
ナイト辺境伯はまだご機嫌斜めな様子で、腕組みをしている。
「怒っているの?」
「そりゃあね。君の鳥は下品すぎる」
「え、絶対にそんなことないから!」
「そいつが何を言っているか分からないのに、なんで『絶対にそんなことない』って言い切れるんだよー。いくらなんでも、えこひいきがひどいと思いまーす」
ナイト辺境伯がブーブー悪たれ出した。
「だってアヴィスはこんなに可愛いのよ?」
「知らんわ、僕には見えていないんだから」
「だったら私には聞こえていないんだから、こっちだって知らないわよ」
「――おい、アヴィス」
ナイト辺境伯が視線を転じ、オーブリーの太腿のあたりを眺める。その辺りにいるだろうという推測らしいが、大体合っていた。
「お前、実体化できるよな?」
「え」オーブリーは目を丸くした。「それ、本当?」
「この鳥はレベル『極度(X)』だからできる――ただ、実体化しているあいだは、上位言語の性質を失うが」
「そうなの?」
「どちらにせよ短時間なら問題ないさ。――姿も知らないやつに罵られたのは気持ち悪いから、とっとと実体化してもらおう。とりあえず顔を見て、それからだ」
「アヴィス、できる?」
オーブリーからも促すと、ブルーバードの周囲を取り巻く靄が、風で吹き飛ばされたように消えた。
アヴィス自体の見た目は変わらないが、境界ははっきりしている。
オーブリーがナイト辺境伯のほうに視線を転じると、
「……このちんまりした鳥が、あんなアグレッシブな下ネタを……」
怖いほどの無表情で呟きを漏らす姿が確認できた。
顔は半分陰になり、なんともいえぬ凄みを放っている。
「ナイト辺境伯?」
「あー……まぁいい。見えるようになった」
「そう」
「この状態なら、君もこいつのお喋りを聞くことができる」
オーブリーはびっくりした。
「そうなの?」
「うん」
「アヴィス、喋ってみて?」
ドキドキする。一緒に過ごす時はいつも、オーブリーが一方的に話しかけて終わりだったから。
ブルーバードがこちらを見上げ、くちばしを動かした。
「――オーブリー、すまなかった。少々取り乱し、先ほどはお前の伴侶となる者を罵ってしまった」
……喋ったぁ‼
オーブリーは目を瞠り、瞳をキラキラと輝かせる。
「やーん、声、可愛いー♡」
女の子が頑張って低い声で喋っているような感じ。内容のほうはなぜか硬派なので、そこもギャップがあって可愛い。
メロメロになるオーブリーを半目で眺めるナイト辺境伯。
「騙されるな。その鳥はさっきまで、ものすごい勢いで喚き散らしていたんだぞ。怒鳴りまくっていた時は、可愛げの『か』の字もない汚い声だった」
「――すまなかった、ナイト辺境伯。悪気はなかったのだ」
キリリキメ顔で詫びるアヴィス。
「いや、悪気だらけだっただろ」
「もう貴殿を■■■■呼ばわりせぬと誓う」
ナイト辺境伯の目元がヒク、と引き攣った。
「■■■■って何?」
意味が分からずにオーブリーが眉根を寄せて尋ねると、ナイト辺境伯が目を瞠り、一拍置いて両手のひらで顔を覆ってしまった。
力なく俯き、ボソボソと呟きを漏らす。
「なんてこった……オーブリーさんが穢れてしまった……」
「ナイト辺境伯?」
「何これ、味わったことのない衝撃……僕はこの感情に名前をつけられない」
よく分からないが、なんか詩的なことを言い出した。
「だ、大丈夫?」
彼を気遣ったオーブリーは、視界の端に紫と緑の服が映り込んだのに驚き、ビクリと肩を揺らした。
――視線を転じれば、黒髪サラサラロングヘアーの中年紳士(確かナイト辺境伯が『インベル』と呼びかけていたっけ?)が、ジリジリとこちらに近寄って来るのが確認できた。
腕組みをした共感覚体インベルは、『フン』と鼻でも鳴らしそうな顔つきである。
……な、なんなの?
オーブリーは恐る恐るインベルに話しかけてみた。
「あ、あのー……インベル? あなたもアヴィスと同じように、実体化できる?」
現状オーブリーにはインベルの姿が見えているのだが、それでも実体化してくれれば、普通に会話ができるはずだ。だってブルーバードのアヴィスがそうだったのだから。
それにナイト辺境伯にはインベルの姿が見えていないというこの現状も、なんとなく落ち着かなかった。ナイト辺境伯のほうはインベルの声だけ聞こえているので、オーブリーとは正反対の状況である。
――『実体化できる?』という問いかけに対して、インベルは無反応だった。表情もポーズも変えずに、そのまま継続して『フン』という顔。
「いえあの――そんなふうに突っ立っていられると、気が散るのよ。あなたも実体化できるのなら、ぜひそうして、座ってくれないかしら」
どうやらオーブリーの言葉は届いているようである。――インベルが『指図するのか?』という顔つきになり、面倒そうに眉根を寄せたから。
そして一拍置き、彼の周囲の靄がかき消えた。




