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……共感覚体? 初めて聞く概念だけれど、魔物とはまた違うのだろうか。
確かにインベルの姿には靄がかっていて、存在感はあるのに、なんだか曖昧模糊としているという、不思議な感じがした。
魔物ならもっと実体がはっきりしているし、誰でも普通に目視できるはずだ。だからやはりまるきり別種なのだろう。
「あなたはあれと話せるのね?」
「うん」
「でも、見えてはいないの?」
ナイト辺境伯は先ほど「お前は今、十年前の姿をしているのか?」とインベルとやらに尋ねた。――今、直接見えているなら、そんなふうに探るような問いかけはしないはずだ。
「まぁそうだね」
彼が頷く。
やっぱりそうなんだ……でも待って。
オーブリーが見えているものが、彼には見えていないの? そんなことってある? だって私の魔力は最低レベルの『無感知(NF)』なのよ?
何がどうなっているやら、状況がさっぱり分からない。オーブリーは頭が混乱してきた。
……というかナイト辺境伯は魔物退治をして歩いているはずだけれど、こんなふうに共感覚体という謎の存在をそばに置くこともあるのね? 人に害をなさないものには寛容ということかしら?
それからもっと不可解なことが……見えていないはずなのに、なぜ。
「さっき『十年前の姿』って言ったわね? ということはインベルの『十年前の姿』について、特徴を把握しているということ?」
「いや、昔は僕も共感覚体が見えたから」
「え?」
「でも取引をして、今は暫定的に見えなくなっている。ただ、さすがに聴覚だけは残してもらったんで、上位言語の取得は可能なんだが」
「……聴覚……」
――視覚と、聴覚。
見える人と、聞こえる人。
これって、とても大事なことを聞かされているのでは? ……ただ、情報が断片的すぎて、全体像が掴めないのだけれど。
オーブリーが考えを巡らせていると、上空を旋回していたブルーバードが急降下して来た――正面からこちらに突っ込んで来たと思ったら、オーブリーたちの周りをぐるりと回り、中空でホバリングを始める。
オーブリーは目を丸くしてそれを眺めていた。
ブルーバードがこんなふうに他人の前に出て来たのは初めてのことだ。オーブリーが十一歳の時にブルーバードと友達になって以来、一度も見たことがない。
「――アヴィス」
名前を呼んでみるが、ブルーバードはこちらではなく、オーブリーがしっかり抱き着いているナイト辺境伯のほうを注視しているようだった。
ナイト辺境伯は初め呆気に取られていたのだが、やがてはっきりと眉根を寄せ、ついにはげんなりした顔つきになった。
「どうかした?」
オーブリーは彼のリアクションを不思議に感じた。
「……君には聞こえていないのか?」
「え?」
「クソ口悪いぞ、こいつ」
「何言っているのよ、アヴィスはこんなに可愛い小鳥さんなのに」
「どこが可愛いんじゃ、つーか小鳥の姿なのか? この汚い声で」
「え、あなた、ブルーバードも見えていない?」
「こいつ共感覚体だからね」
あ……やっぱりそうなんだ……オーブリーはパチリと瞬きする。
ブルーバードもまた、体の周囲が靄がかっている。子供時代のオーブリーは、『これは私の寂しい心が見せている幻なのかしら』と考えたこともあった。
けれど互いに長い付き合いになってくると、アヴィスの正体が一体なんなのかはどうでもよくなり、存在の根源を考えることもなくなった。――『可愛い小鳥の見た目をした、私の友達』――ただそれだけで十分だったから。
「……ったく、焼き鳥にしてやろうか」
「ちょっと、あなたねぇ!」
そう叱りつけるオーブリーの声が鈴の音に感じられるくらいの、とんでもない罵詈雑言がナイト辺境伯の正面から飛んで来ている。しかしそれを聞き取れているのは、ナイト辺境伯と共感覚体インベルだけのようである。
【てめぇ、このクソカス野郎が、オーブリーに抱き着かれてへらへらしてんじゃねぇぞこのクソボケ■■■■野郎、てめぇ絶対■■■■で■■だろクソが、それでまるきり■■で■■■■からよ、さぞかし■■■■■■■■■だろうなぁ! 死ね! ■■■■死ねクソ! ■■で■■■■だと詫びて死ね!】
「……うげぇ、『極度(X)』最高位レベルの上位言語で垂れ流される、えげつない下ネタ……」
耳が腐る……ナイト辺境伯は半目になり、耳を塞いだ。




