君が勝手に乗ってきた
「――それで君、なんで強くなりたいんだ?」
ナイト辺境伯が尋ねる。
オーブリーの四つ目の要求は、「みっちり一年間、私を鍛えてくれないかしら?」というものだった。
……なんで強くなりたいか、って。
オーブリーは拗ねたように眉根を寄せ、彼を見上げる。
「あなたのせいよ」
「なんで僕?」
「あなたが一年後に死ぬせいで――」
「いや、だから知らんよ。僕は本当に死ぬのか?」
「死ぬんじゃない? なぜならド変態だから」
「なぜならの使い方、おかしいだろ」
「接続詞の使い方が変だったら、ごめんなさい。なんせ私、まともな教育を受けていないものだから」
「『まともな教育を受けていないものだから』は、万能の言い訳ではないからな」
結構前にオーブリーが使った『万能の言い訳じゃない』というフレーズをここで引っ張り出してきた。
やはり――ナイト辺境伯はのらりくらりとして気を抜いているようでも、こういうちょっとしたところで意図的な繰り返しが出てくるということは、意外なほど他人の話をしっかり聞いている。
そしてしっかり聞いているだけではなく、会話そのものを楽しんでいないと、咄嗟にこの切り返しは出ない。
つまり彼はなんというか――……同じ時間を過ごしている相手に対して、この上なく誠実ということになる。たとえ表面上はふざけて見えても。
「とにかく」オーブリーは必死で彼に訴える。「私は生贄になりたくないの。あなたは妻を犠牲にするつもりがないようだけれど、それでこちらの安全が保障されるかというと、正直なところ疑問だわ」
「なぜ?」
「聖女フェイスが宣託としてそれを告げているのが問題よ――狂信者のたぐいが暴走して、私を殺そうとするかもしれない。『神の御心のままに』とか言ってね」
「ふむ……確かに一理ある」
ナイト辺境伯が感心したように呟きを漏らす。
「……しかしそうなると、やはり君は花嫁に来ないほうがいいんじゃないか? 僕は魔物討伐に出て不在にすることが多いし、四六時中オーブリーを護ってあげられるわけじゃない。婚約破棄の違約金をケチったせいで、君が殺されるのは嫌だ」
「だから殺されないようにしてよ。それは私が強くなれば解決する話でしょ。私は魔法を使えないけれど、体術とか、学べることはたくさんあるはず」
「いや、あのね――」
「だめ、だめよ――婚約破棄はさせない。一度猫さんを拾ったら、最後まで面倒を見る義務があるわよ」
オーブリーがキュッと礼服の襟を掴んで縋ってくる――ナイト辺境伯は彼女の白く華奢な手が、不安そうに震えていることに気づいた。
強がっているけれど、彼女は怯えていて、必死なのだ。
「……僕は知らぬ間に猫さんを拾ったのか?」
「そうでしょ、こうして私を膝に乗せているんだから」
「僕の記憶が確かなら、君が勝手に乗ってきた」
「違うもん」
「君が勝手に――」
「違うもん」
むくれるオーブリー……勝気なくせに、ちょっと涙目になって強がっているとか、反則だろこれ。
ナイト辺境伯はお手上げの気分だった。
とはいえ。
情や衝動で流されてはいけないことがある――彼はそのことをよくわきまえていた。




