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狂気の晩餐が始まる


 ――現在(結婚式当日)より、三週間前。フォックス子爵家。


 この日、オーブリーは数年ぶりに晩餐の席に呼ばれた。


 ……これは天変地異の前触れだろうか。『食事は部屋でとるように』と長いあいだしつけられてきたから、何かの罠かと勘繰ってしまう。 


 暗い気持ちで食堂に向かったオーブリーは、扉の前で待ち伏せしていたキャメロンに出迎えられた。彼女は相変わらず、癖の強い焦げ茶の髪をふたつに分けてお団子にしている。


 キャメロンは探るようにこちらを見てきた。それでオーブリーは『キャメロンも用件を知らないのだ』と気づいた。


「オーブリーが晩餐に呼ばれるなんて」


 キャメロンの先制攻撃。


 確かにね、とオーブリーは思った。それは私自身が一番疑問に感じている。


「あなたなんかに、一体なんの用があるのかしら」


 キャメロンが濃灰の瞳を素早く動かし、オーブリーの全身を舐めるように眺め回す。……そんなにジロジロ見たって答えは書いてないわよ。


「私に訊かれても」


「あらあなた、なんの用か知らずにやって来たの?」


 小馬鹿にした口調には本当にうんざりさせられる。オーブリーは瞳を細めた。


「だからこれから用件を聞きに行くのよ」


 無駄な時間だわ。いい加減にしてくれないかしら。


「ねぇ――これが最後の晩餐で、今晩、屋敷を追い出されるんじゃない?」


 キャメロンがツンケンした調子でそう言う。オーブリーが相手にしないので、面白くなかったのだろう。


 オーブリー自身もそんな気がしているから、キャメロンの予想は当たるかもしれない。


 それ以上ふたりは会話を交わすことなく、静かに食堂に入った。キャメロンが先頭で、オーブリーも黙ってそれに続く。


 父とブース婦人はすでに着席していた。


 父の神経質そうな顔を久しぶりに見たオーブリーは、『彼、萎れたわ』という感想を抱いた。肉感的な女をそばに置き、ご機嫌な毎日を過ごしているわりには、彼は疲れていて、陰湿で、退屈な人間に見えた。まるで長いこと放置されていたキュウリみたいだ。


 空席はふたつある。普段は三つしか席はないはずだが、今夜はオーブリーのためにもうひとつ用意してあった。


 オーブリーが下座の椅子に腰かけようとすると、父がそれを制した。


「――オーブリー、お前はこちらへ」


 父が左手を伸ばし、トントンとテーブルを叩いて斜向かいの席を示す。ブース婦人の対面で、いつもはキャメロンが座っているであろう席だ。


 オーブリーは驚愕に目を見開いた。――意外だったのは、衝撃を受けたのがオーブリーひとりではなかったということ。ブース婦人も、キャメロンも、一様に呆気に取られている。


「フォックス子爵、どうしてですか……!」


 キャメロンの悲鳴じみた声を聞き、オーブリーは複雑な気持ちになった。


 実の娘よりも末席に回されたことくらいで、『ひどい扱い』と傷つけるなんて、どうかしていると思ったからだ。キャメロンがおかしいというより、ここにいる全員どうかしている。この状況すべてが狂気だ。


「座りなさい」


 父はキャメロンをあえて無視して、オーブリーにしっかりと目を合わせてそう言った。


 オーブリーは小さく息を吐き、指示に従うことにした。……これは本当に最後の晩餐になるかもしれないわ……そんなことを考えながら。


 オーブリーが上座に移ろうとしたら、キャメロンがその場で足を踏ん張り、『どいてたまるもんですか』とばかりに睨み据えてきたので、『どきなさい』という意志を込めて冷ややかに見返す。


 そのまま数秒が経過した。


 オーブリーがあまりに堂々としていたせいか、キャメロンが怯んだ気配があった。それでも往生際が悪く、なかなか下がろうとしないので、


「――早くどきなさい」


 はっきりと声に出して伝える。



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