頬っぺたに触らないでよ
「強い、って……自称?」
オーブリーが尋ねる。
彼女のアーモンド形の瞳は、涼やかで神秘的だった。そう……こんな阿呆なことを口走っていても。
ナイト辺境伯は億劫そうに小首を傾げる。彼の美しい金色の髪がサラリと揺れた。
「あのね、自分で言うのもなんだが、ここまで突き抜けると、自称もクソもないですよ。単なる事実だからね。――ほかの人に、僕の評判、訊いてみたら?」
オーブリーは考えを巡らせた。……そういえばキャメロンが「ナイト辺境伯ってものすごく強いんですって! 山を抉るくらいの、とんでもない攻撃魔法も使えるらしいの! リユニオンでは皆が彼のことを話していた」と言っていたっけ。
オーブリーはそれを一旦信じたけれど、『とはいえナイト辺境伯は、一年後に殺されるのよね』と思うと、『強いといっても、無敵ではない』という当然の結論に達した。
先ほど彼に『弱い』と言ったのはさすがに冗談だが、それでも『もっと強くなる余地があるわよね?』は本心である。
……あら? でも、待って。
キャメロンは異常に自己評価が高く、その反対に、他者を異常に低く見積もる癖があった。
そんな彼女があれだけ褒めちぎっていたということは、リユニオンでのナイト辺境伯の評判が、それほどすごかったのかしら?
オーブリーは瞬きし、微かに眉根を寄せた。
「え……じゃあなんで、あなたは死ぬの?」
「それは僕のほうが訊きたい。――不謹慎かもしれないが、一年後、そんなにヒリヒリする状況になるんだと思うと、好奇心が抑えられないくらいだ」
「ええと、あの、これまで魔物と戦ってきて、怪我をしたことは?」
「ない」
「子供の時とか」
「子供の時から強かったから、正直、弱い人の気持ちが分からない。これまで一度も本気を出したことがないし」
えー! 子供って、自分で転んだだけでも、膝をすりむいて大泣きよ? この人、人間?
思わずペタペタと彼の頬に触れてしまう。化けの皮が剥がれて、下から悪魔が出てきたりして……と思ったのに、滑らかね、なんか気持ちいい。
「ん、何?」
彼が訝しげに尋ねる。
「いえ、あなたって人間? と疑問に感じて」
するとナイト辺境伯がくすりと笑みを零した。
「たぶんね」
「たぶん?」
「じゃあ、逆に訊くけれど、君は人間?」
彼が気まぐれのように右手を伸ばしてきて、手のひらをオーブリーの頬にあてがった。――長くて形の良い指――温かい。
オーブリーは頬がかぁっと熱くなり、キュッと眉根を寄せた。
それを眺めおろした彼の口角がさらに上がる。
「なんなんだ? また殺し屋みたいな顔つきになっているぞ」
「うるさいな」
「照れてるの?」
「照れてない」
「だけど顔が赤いぞ」
「頬っぺたに触らないでよ」
「君が先に触ったんだろう」
「じゃあ、いっせーのせ、で離す?」
「いいよ」
「いっせーの」
せ、と言い終わったのに、彼は手のひらを離さなかった。
……オーブリーも離さなかった。




