気が合うわね、私も猫さん派ー
「ふたつ目の要求も呑もう――君に家庭教師をつけるよ」
ナイト辺境伯にそう言われ、オーブリーは空を飛んでいる青い鳥から視線を外した。
そして、左右で色の違う彼の虹彩を見つめる――エメラルドとアメジストの煌めき。
「……ありがとう」
実は少しだけ気後れしていた。
十歳以降、オーブリーの言葉に誰かがちゃんと耳を傾けてくれたことはなかった。価値がないものとして扱われ、軽んじられてきた。
ところがどうだろう。
ナイト辺境伯は口が悪く、のらりくらりと失礼な態度ばかり取るのに、その実、オーブリーの話を意外なほどしっかり聞いている。その上で的確な返事をくれる。
からかいはしても、肝心な部分は誤魔化さないし、直球だ。
それがオーブリーは嬉しかった。
……生贄として花嫁に選ばれたオーブリーに対し、申し訳なさを感じているから、彼は親切なの?
それはもちろんあるだろう――けれど、それだけではなさそう。
こちらが強気に要求しても、彼は『嫌だ』と感じたら、はっきり断りそうだ。
彼の尺度で『OK』と判断したから、了承してくれた――シンプルに、ただそれだけなのかも。
――ところが、オーブリーがこっそり感謝していると、それを見事にひっくり返してみせるのが、この男のすごいところである。
ナイト辺境伯がヘラヘラ笑って続けた。
「君のオーガっぽさを消してくれる、優秀な家庭教師をつけてあげるよ。せめてゴブリンレベルにまで中和できないかなぁ……て、さすがにそれは高望みしすぎかぁ」
くっ……これさえなければ……!
オーブリーは『ここで怒ったら、この男の思う壺だわ。私が苛々するのを見て、愉悦を感じるド変態なんだから、喜ばせたら負け! 大人な態度で受け流すのよ!』と自分自身に言い聞かせるのだが、それでもやっぱりムカムカが治まらない。
ヒクヒク目元を引き攣らせながら、オーブリーはにっこり笑ってみせた。
「……あら、だけど私、オーガっぽさはできるだけ残しておこうと思うの」
「えー、僕、やだなぁ。オーガな嫁」
ブーブー言うんじゃないわよ、腹立つわね。大体、『オーガな嫁』って何よ。人間界にそんな嫁いないから。
「ねぇ、『破れ鍋に綴じ蓋』って言葉、知っている? ――ほら、あなたって人格が破綻した、ド変態クズ人間でしょう? ド変態クズ人間のくせに、天使みたいな奥さんを娶れるわけがないわよね?」
「ひどい……夫になる男性を、ド変態クズ人間呼ばわり」
「いや、この流れで被害者ぶれるの、逆にすごいわ。悪口言われるのが嫌なら、人をオーガ呼ばわりするのをやめなさい」
「それは褒めているのにぃ」
「褒めているから、は万能の言い訳じゃないから。あなたのほうこそ家庭教師が必要そうね――至急『デリカシー養成講座』を受けたほうがいい」
オーブリーはプリプリしながらそう言い放ち、ドレスを払って正座し直した。
「――じゃあ三つ目の要求を言うわね」
「山賊のやり口……花嫁が可愛くお願いせず、脅してくる」
「やかましい」
「花嫁に可愛げがない」
「…………」
「花嫁が可愛くない」
……畜生。
オーブリーはチッと舌打ちした。
「分かったわよ、どうしたら可愛げが出るのよ? 言ってごらんなさいよ、やってあげるから」
「すごい上から目線……でも嫌いじゃない」
「なんなのよ、早く言いなさいよ、私の気が変わらないうちにね!」
「えー、じゃあ、もっと上目遣いで甘えながら頼んでほしいなぁ! 猫さんみたいに」
「何よ、あなた猫さん派? 犬さん派じゃなくて」
「まぁそうかな」
「気が合うわね、私も猫さん派ー」
ひょんなことから、オーブリーの機嫌が直る。
オーブリーはニコニコウッキウキでナイト辺境伯を見つめた。
――ナイト辺境伯は内心度肝を抜かれながらも、この展開に少し興味が湧いたので、しばらく彼女を泳がせることにした。
……実は彼、どちらかといえば犬派なのだ。




