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私を生贄にしようとするサイコパスたちを、隠れた魔法の才能で見返します  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
2.オーブリーとナイト辺境伯の出会い

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親切な変態


「……知らなかったとはいえ、どう考えても、こちら側に非があるなぁ。伯父のマーズ子爵がしたことは卑劣だ」


 ナイト辺境伯がうーん……と考え込みながら、そんなことを言い出した。


「それがどうかしたの?」


「いいよ――逃げなよ」


「え?」


「僕のほうが婚約破棄したていにしてあげる。――実際会ってみたら、オーガみたいな女性でげんなりしたから、追い返したと言っておくよ。君宛てに直接慰謝料を払うようにすれば、それでお母さんを助けられるだろう」


 オーブリーは何か言おうと口を開きかけて、言葉が出てこなかった。


 彼は頭の良い人だから、婚約破棄の結果、自分が致命的なダメージを負うことになるのをちゃんと理解している。理解した上で、それでもオーブリーのために先の台詞を告げたのだ。


 違約金は双方一律ではない。


 両家のあいだに資産格差がありすぎるので、ナイト辺境伯側の違約金は桁違いに莫大な金額が設定されていた。


 これは彼の伯父であるマーズ子爵の策略だろう。入籍前にたくらみが露呈した場合、ナイト辺境伯がすべてを御破算にする危険性が高かったから、それをさせないよう安全策を講じた。


 けれどナイト辺境伯は損得で物事を考えていない。しがらみも、保身も、どうだっていいのだ。


 ……彼は正真正銘のヒーローなんだわ。


 オーブリーは彼の美しい瞳をじっと見つめ返した。


 ナイト辺境伯はたくさんの魔物と戦い、多くの人を救ってきた。


 ……それは彼が強いからできたことなの?


 オーブリーは『違う』と思った。強いか弱いかは関係ない。そして他者からの評価も彼の眼中にはない――皮肉屋だし、いい人ぶらないし、自由気まま。彼はただ心の声に従って、正しいことをするのだ。誇り高い人だから。


 だから今日会ったばかりのオーブリーのために、自分がすべての痛みを引き受けようとしている。なんてことないというように、軽い口調で、『逃げろ』と言ってくれた。


 ――これまで生きてきた中で、これほど私に親切にしてくれた人がいただろうか。


 母のことは好きだった。滅多に怒らない人で、いつも優しくしてくれた。けれどオーブリーを護ってはくれなかった。


 たぶん、オーブリーは九歳の時、少しだけ母にがっかりしたのだ。――『オーブリー、あなたキャメロンちゃんの腕をつねった? キャメロンちゃんは、あなたより三つも下なのよ。もう少し優しくしてあげて』――あの言葉が頭のどこかにずっと残っている。


 母は娘よりも、ずる賢いキャメロンの嘘を信じたのだ。オーブリーは深く傷ついたし、『私の味方はどこにもいないのかもしれない』という、どうしようもない恐怖を感じた。


 それは棘が刺さったようにずっと残り続けた。――自分でなんとかしなければ。――誰も助けてくれない。


 反面、子供の頃から無理をしすぎたせいで、心のどこかがずっと悲鳴を上げていた。――誰か力を貸して。――誰か助けて。


 どうしてよりによって今、その助けが現れるの?


 ここで気を抜いたらだめなのに。


 しっかりしなくてはだめなのに。


 オーブリーは唇を噛み、眉間にきゅっと力を入れる。


 ナイト辺境伯が呆気に取られた様子でこちらを見てきた。


「……なんなんだ、その顔は」


「うう……黙りなさい」


「殺し屋の目つきだぞ。怖すぎる」


「うるさい」


「なのに、泣くなよ」


 泣くなよ、と言われても。


 じわ、とオーブリーの視界がさらに歪む。空色の瞳に滲んだ雫がどんどん大きくなる。


 ――彼女の白い頬には朱が差し、鼻の頭まで赤くなっていた。意地っ張りの子供がぐずっているようなその顔つきを見て、とうとうナイト辺境伯の口角が上がる。


 くく、と彼が笑い出した。


「……鼻水出てるし」


「黙りなさい、って言ってるでしょ!」


「鬼の目にも涙」


「うるっさい!」


「悪態をついても迫力ないぞ。泣き虫」


「泣いてないから」


「じゃあその目からボロボロ零れ出ている、透明な液体はなんだ」


「あ、汗よ!」


 拳でグシグシと目元を拭っているあいだ中、ナイト辺境伯は可笑しそうにこちらを眺めていた。


「な、何よ、ジロジロ見ないでよ! 変態!」


「面白い」


「――こ、これ、涙じゃなくて、汗だから!」


 オーブリーはきゅっと目を閉じ、真っ赤になって叫んだ。


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