僕は元々いい人なんだけど
ふたりは芝生の上に腰を下ろし、きちんと話をすることにした。
誤解は解けたわけだけれど、オーブリーは相変わらずちょっと怒ったような顔つきのままだった。
それは彼からオーガ呼ばわりされたというのも、もちろんある。けれどそんなことより、オーブリーは追い詰められていた。彼女はずっと崖っぷちに立たされているようなもので、その状況は何も変わっていないのだ。
「伯父のマーズ子爵は占いのたぐいは信じない」
ナイト辺境伯が瞳を細めてそう言う。
「頑固な彼が、『一年後にナイト辺境伯が死ぬ』だなんて馬鹿馬鹿しい話を信じたのは、それが『宣託』だったからかな? そういえば、うちの教区に数カ月前、聖女フェイスが来ていたな……直接会って、何か言われたか」
彼の話し方はなんとも掴みどころがないわ……オーブリーは耳を傾けながら、そんなことを考えていた。
表面上はのらりくらりとした印象が強い。人を食ったような調子だ、とも思う。けれど話すリズムや声には知性が感じられて、言葉の裏に潜む本心が掴めないから、一筋縄ではいかないと感じてしまう。
オーブリーは口を開いた。
「そうね。聖女フェイスからの宣託だったと聞いているわ。あなたが死ぬという未来を変えるには、花嫁が一年後に死ぬ必要がある。犠牲になるのは誰でもいいわけじゃなくて、私じゃないとだめみたいで」
「ていうかさ」
ナイト辺境伯が少し棘のあるような表情に変わり、こちらを流し目で見てくる。
「なんで君がそれを知っているの」
「なんで、って……」
「君、生贄なんだろう? 生贄本人にさぁ、『君は一年後、死ぬ運命だからね、人生諦めて嫁に行ってください』って……わざわざそれを伝えたやつ、馬鹿なの? 普通、隠すだろ。――それを聞いて、来るほうも来るほうだ。とっとと逃げろ」
通りの向こうのほうを指差して『行っちまえ』とばかりに彼がそう言うので、オーブリーはムッとして眉根を寄せる。
「うるさいわね、色々事情があるのよ」
宣託について知ることになったのは、激高した父の口が滑ったという、事故のような成り行きだった。けれどオーブリーは知れてよかったと思う。
知った上で、病気の母を護らなければならないことや、『悪いことをしていないのにコソコソ逃げ出すのは悔しいから、そうしない』という自分のつまらないプライド、意地、これからの計画、様々な事情があって、オーブリーはこうすることを選択した。自分の意志でウェディングドレスを身に纏ったのだ。
「事情を言い訳にするな。――あのさ、ポチは自分で袋小路に飛び込んでいるんだからな」
「だから誰がポチよ」
この男、まったく腹の立つことを……というか、すべてが図星なだけに腹が立つんだわ。
オーブリーは不機嫌なまま、はぁ、とため息を吐く。
「……違約金のことがあるでしょ。私が事情を知った時にはもう、婚約は纏まっていた」
この婚約を破棄した側は、とんでもない額の違約金を払うことになる。
「別に気にしなければいいだろう」
ナイト辺境伯が口角を上げた。ふたたびの意地悪そうな笑み。
「自分を売った親が借金を背負うのが、そんなに嫌なのか? ずいぶんお優しいね」
「病気の母がいるのよ。療養所に入っている。私には今、自由にできるお金がないの。私が逃げ出したら、母は路頭に迷って死ぬわ」
「……そうか」
彼は少し驚いたようだった。宝石のように美しいオッドアイに、いたわるような優しい光が宿ったような気がした。――右と左で色が違う。緑の虹彩は物柔らかく、紫の虹彩は温かみがある。
しばらくのあいだ黙り込んだあと、彼がポツリと呟きを漏らした。
「知らなかったから……無神経なことを言って、すまない」
「何? 急に」
オーブリーは困ってしまい、可愛げなく顔を顰めていた。
「別に、知らなかったんだから、仕方ないでしょ。いきなりいい人に変わらないで、調子狂うわ」
「僕は元々いい人なんだけど」
「どこが」
「君にカバンで撲殺されかけたのに、僕は寛大にも許してあげただろう?」
「違うわ。あなたをカバンで撲殺することもできたけど、私は寛大にもやめてあげたの」
ふたりは顔を見合わせて、少し打ち解けた笑みを交わした。




