壊れる
キャメロンが下の階に行き、十分ほどたってから、何かが割れるような物音がした。
驚いて扉を開けると、下のほうから怒鳴り声が響いてくる。螺旋階段は縦方向に空間が抜けているから、物音が伝わりやすい。
何を言っているかまでははっきり聞き取れないが、声の主はキャメロンのようだ。怒り狂っている。
……どうやら、ブース婦人がとうとう真実を告げたらしい。
結婚まであと一週間しかないので、確かにこれ以上誤魔化し続けるのは無理だろう。――いや、そもそもの話、ブース婦人はキャメロンが西部地方に出かける前に伝えるべきだった。
あと回しにした結果、傷が深くなっただけで、何も良いことはなかったように思う。キャメロンはナイト辺境伯と対面し、彼と結婚する意志を固めてしまった。
怒鳴り声が断続的に響き、収束する気配がないので、オーブリーは階段を下りて行くことにした。
このまま上にいて状況が分からないままだと、いざという時に対処できないと思ったのだ。激高したキャメロンがいきなりナイフ片手に現れても困る。
声は一階の広間から聞こえてきた。扉は閉じているのだが、大声で怒鳴っているので、近くに行くと扉越しでも内容がはっきり聞こえた。
「どうしてよ! おかしいじゃない! オーブリーが、オーブリーなんかが、なんでナイト辺境伯と結婚するのよ! 絶対許さないから! 潰してやるから!」
不穏極まりない。オーブリーは思わず眉根を寄せる。この調子では本当に、あとでキャメロンに刺されるかもしれない。すぐにどこかへ避難したほうがいいだろうか。
「もういい加減にしないか! 黙れ、キャメロン!」
今度は父の怒鳴り声。なんでも思い通りにコントロールしてきた人だから、今の状況は彼にとって耐えがたいだろう。
けれどこの状態に陥ったキャメロンが黙るわけがない。すっかり理性を失っている。
「いやよ、いや、いや、絶対いやだから! 私がナイト辺境伯と結婚するの! 私よ! 私がするの!」
「お前は結婚できない!」
「いいえ、するわ!」
「キャメロン、落ち着きなさい!」
ブース婦人も金切り声を上げる。興奮した彼女の声はすっかり裏返っている。ブース婦人が怒鳴っているのを、オーブリーは初めて聞いた。
「母様、ひどいじゃない! 私を騙したのね! 絶対許さないから! 殺してやるから!」
「なんてこと言うの、キャメロン!」
「そっちがその気ならね、私を軽く見ているなら、全部ぶちまけてやるわよ!」
「黙りなさい! 親に向かってなんて口を――」
「フォックス子爵に命じられて、ウェブ伯爵と何度も寝たくせに!」
「やめなさい、キャメロン!」
「あれはウェブ伯爵の弱みを掴むためよね――世間に全部ばらしてやる! あんたたちのイカレたやり口をバラしてやるわ! 似たようなこと、何度もやっているでしょう! この家は終わりよ! 地獄に落としてやる! それが嫌なら、私をナイト辺境伯と結婚させなさい!」
廊下にいるオーブリーは息を殺して佇んでいた。
これはどんな決着を迎えるのだろう? キャメロンは明らかに一線を越えた。彼女は父を脅した――父は絶対にこの裏切りを許さないだろう。
キャメロンが私を刺す前に、父がキャメロンを刺すかもしれないわ、オーブリーはそんなことを思った。
ブース婦人はどうするのだろう。こうなってはもう彼女がなんとかするしかない。
その後数分間にわたり、狂気じみた罵り合いが続いた。全員どうかしている。
オーブリーは彼らに同情することはなかったが、話し合いの結果如何によっては、自分もひどい巻き添えを食うことになる――それが分かり切っていたから、石でも呑まされたみたいに胃が痛くなってきた。
「私、死んでやるわ! オーブリーを殺して、私も死ぬ! ナイト辺境伯はさぞかし腹を立てるでしょうね! 花嫁がいなくなるんだもの! ナイト辺境伯にあんたらが殺されればいいわ!」
獣の断末魔のようにキャメロンが叫ぶと、室内から激しい破壊音が響いてきた。ガラスの割れる音だ。
誰かが力任せに椅子か何かを窓に投げつけたのだろうか。




