三秒も私の目を見たの!
「……どんな話をしたの?」
そう尋ねるオーブリーはすっかり元気がなくなっていた。
対し、キャメロンは有頂天だ。
「ナイト辺境伯領の手前で、リユニオンという都市に立ち寄ったの。そうしたらナイト辺境伯が滞在していると噂になっていて」
「彼はそこで何を?」
「魔物退治を依頼されて、出張りしていたみたい。――ねぇ知っていた? ナイト辺境伯ってものすごく強いんですって! 山を抉るくらいの、とんでもない攻撃魔法も使えるらしいの! リユニオンでは皆が彼のことを話していた」
「よく本人に会えたわね」
「私、あちこち歩き回ったわ。彼の特徴については聞き込みして、頭に入れてあったから、視界に入りさえすれば、見つけ出す自信があった」
すごい情熱だわ……オーブリーは圧倒されてしまう。そして先ほどからキャメロンは『ナイト辺境伯に会った』と言っているので、そのやり方で実際に本人を発見したわけだ。
キャメロンこそ魔物退治をすべきだとオーブリーは思った。鼻が利くし、ガッツもあり、腕力も強い。
キャメロンが得意気に続ける。
「探し始めてから三日後、リユニオン大聖堂から出てきた彼にばったり会ったの! これって奇跡よ! 運命だと私は思った!」
地道に足を使ったのね。見上げた根性だとは思うけれど、対象がその都市に滞在していることが分かっていて、その上で三日探し回ってやっと発見した場合、それを運命と言ってしまっていいのだろうか。
「……あなた、名乗ったの?」
そこが気になる。
「いいえ」キャメロンが首を横に振ってみせた。「家を出る前に母がね、『ナイト辺境伯に会っても、名乗ってはだめよ』と言っていたから」
ブース婦人はキャメロンにまだ真実を話せていないようだが、旅前にそれだけは言い聞かせておいたらしい。
「あなたがブース婦人の言うことを聞くなんて、意外だわ」
オーブリーはポツリと呟きを漏らした。親の言いつけを守るような、そんな従順な子だった?
「私、ナイト辺境伯に出会った瞬間、こう思ったのよね――偶然出会った私に恋してほしい、って。初対面で『婚約者です』って明かしてしまうより、『旅先で偶然出会った可愛い子』みたいな入り方のほうがよくない? それでね、あとで正式な場で対面して、驚いてもらうの。彼からしたら嬉しさ倍増でしょ。以前ひと目惚れした可愛い女性と結婚できるんだから」
キャメロンは両手の指を胸の前で組み合わせ、うっとりした顔で、その場でターンしてみせた。
オーブリーは精神力を削られ、会話を続けるのがしんどくなってきた。
「……それでどんなふうに話しかけたの?」
「リユニオン大聖堂から出てきた彼はね、初め、通りにいた私に注意を払っていなかったの。そのまま行ってしまいそうになったから、腕を引っ張って足を止めさせたわ。彼、びっくりした顔でこちらを見おろしてきた。私の顔をしっかり見たわ。可愛い女の子がしがみついてきたから、こんなラッキーがあるはずないという気分だったんじゃない? 私は観光客のふりをして、『クレリー・パークはどこですか?』と彼に尋ねたの。彼は目の前の通りを指差して、『あの角を右ですよ』と教えてくれた」
「……そ、そう」
オーブリーはなんとか相槌を打ち、奇妙な気まずさを覚えながら続きを待った。しかしキャメロンはなんだかやり遂げた顔をしている。
……え? それでどうなったの? 彼と意気投合して一緒にクレリー・パークを観光したとか、そういうことよね?
「そのあとは?」
「そこで別れたわ。彼、会話の際、三秒も私の目を見たの。三秒よ! こちらに気がないなら、三秒も目を見るはずない」
そうだろうか? 少なくともオーブリーは誰かと会話する際、相手が男性であっても女性であっても、礼儀として相手の目は見るけれど。
今の話だと、道を訊かれて、答えての流れなら、三秒間相手の目を見てもなんの不思議もない気がする。
しかも通りを歩いていて、いきなり見知らぬ誰かが腕にぶら下がってきたら、相当びっくりするわよね。
ナイト辺境伯はとても強いらしいから、殺気のたぐいには敏感なのだろうけれど、キャメロンに対しては脅威を感じず、風景の一部として注意を払わなかったのではないか。キャメロンは身なりも良いから、真っ先に警戒対象から外したはずだ。貴族令嬢らしき相手が、まさかいきなり体に触れてくるとは思ってもみなかっただろうし。
「――私、母にも報告してくるわ!」
キャメロンはそう言うと、バタバタと屋根裏部屋から出て行った。




