File:06 マイマイレブン(挿絵)
呼びつけたボクの愛車が来てくれたらしい。
「マイマ‐11、ボク達の頼れる脚ですよ」
ボクが目視確認するまでもなく、聞き慣れた駆動音と職員達の悲鳴が聞こえて来る。
「なんだコイツ、暴走単純思考か!? 警備はまだかよッ!!」
「ひぃ、轢かれるゥゥゥ!!!」
男達がアリの子散らすように道を開けていく。
そのレッドカーペットを悠々と闊歩し、ピカピカの車体をボクへ見せつけた。
「ピプ、ピプ──オ待タセシマシタ」
【チェック:飛び込んで来た車両】
タイヤが1つしかない電動一輪バイク。ジャイロを内蔵しているので下手な二輪より安定する。
ホバーカーゴと同じようなボットによるオートパイロットでここまで来た。
大きなリアボックスを担いでいる形状から、カタツムリの愛称で呼ばれている。
「カタツムリが鈍間と決まったわけじゃないですからね。 窮屈に押し込められていた分、暴れ馬でロデオと洒落込みましょうか」
カーゴの荷物から抜け出し立ち上がると、ボクは右太ももに刻印された『11』のタトゥーを右手で撫でる。
タトゥーの黒い印字に刻まれた微小コードを読み取り、オフライン認証を行ったのだ。
【チェック:生身の右手】
掌には黒く丸いゴム状の物体が埋め込まれている。肉球と呼ばれる神経拡張機の一種だ。
これを直接触れ合わせたり、機械へ接触させることで、オフライン通信が可能である。
いきなり遠隔でハッキングされないよう、クルマはこれで動かすのが現代の主流。
(こんな敵地でオープンネットを開き続けて、ネットダイバーにでも見つかったあげく脳を焼かれるのは御免です。 通信は最低限に心得ていますとも──)
特に超巨大企業が相手となれば尚更。何も考えず繋ぐのは田舎者だけだ。
普通はこういった小細工で特定周波数を送り、ボットに持ち主であることを教えてやるのである。
「ピプ、ピプ──シート開放、今日モ安全運転ヲ心掛ケマショウ」
「ええ、もちろん。 ボクは交通ルールを破ったことなんてありませんから──記録上は、ですけど」
「かってに、動くニャ! コレ! 生きてる!」
座席の上に、人の代わりとして大きなボックスを載せたマイマイ。その邪魔くさい『殻』が後ろに倒れ、背もたれへと変形する。
そして、座席の左右にアームレストのようなハンドルがせり出て来た。
起動完了。これでようやくまもともに人が跨れる形状となる。
いつの時代も盗難対策には苦労しているのだ。
「生きているというか、生き急いでるクルマですけどね。 さ、キミも乗ってください」
「ニャ? ドコ?」
ボクがタイヤを跨いでシートに腰掛けてしまうと、確かに定員オーバーで座席に空きは無い。
だが、『ボクの上』は空いているのだ。
「ここですよ、ほら」
「ニャぷ!?」
困っている子供の首根っこを掴んで抱き上げると、胸で挟み込んで固定する。下手に動かれると運転しにくいのだ。
その上からさらにシートベルトを掛け、子供の首が完全に拘束された。これだけやれば安心だろう。
「ぬぁ、きついニャ……」
「リアボックスに詰めたいところですけど、これから穴が開いてハチの巣になる予定なので我慢してください」
「ニャァ? はちのす……?」
ボクが宣言した通り、館内の奥からやって来る武装警備隊の装甲車のけたたましいサイレンが聞こえ始める。
いや、聞こえるのはサイレンだけではない。無差別に発砲する下品な破裂音が何度も何度も繰り返されている。
『ビープ、ゲートに武装警備隊が到着しました──残っている職員は、巻き添えで死なないよう自衛してください』
無機質なアナウンスが淡々と指示を飛ばす。職員たちにとっては寝耳に水だったようだが。
「聞いてねぇぞ!! なんだよ自衛って、動くなって指示だしといて、そりゃねぇだろ!?」
「クソ! やべぇ、俺達も外へ出るぞ!! ぶっ殺されちまうって!!」
「なにが警備隊だよ! あんなの掃除屋じゃねぇか、ふざけんじゃねぇ!!!」
遠巻きでボクらを眺めていた非武装の職員達だったが、彼らもすぐに発砲音へ気が付いたらしい。
明らかに頭がイッている警備隊の様子に恐怖し、侵入者のことなど眼もくれずに逃げ出していく。
ところが、ゲートに設置された自動迎撃システムが起動し、どうしたことか無防備な彼らを次々と撃ち抜いていく。
「なるほど……買収された奴を割るより、全部切り捨てた方が楽って訳ですか。 金のあるメガコーポは違いますね」
「ぬぁ……血、くさいニャ」
「お香、さっきの嗅いでごらん。 焚かなくとも、フィルムを破けば少しは香りで楽になりますよ」
「ニャ……すんすんすん……」
確かに酷い臭いだった。タレットが執拗なほど死体を撃ちまくるものだから、肉片がやたらと飛び散り、汚物混じりの空気を撹拌させている。
逃げ出した第一陣の悲惨な末路を辿る職員達。そんなものを見せられて続く者がいるわけもなく、今度は館内方向へと駆け出していく。
だが残念なことに、そちらからは血も涙もない快楽殺人者達が列をなしてパレード中であった。
「スッゾコラー! オラー! テメェが裏切り野郎かぁ、アァン!?」
「ち、違う! 私はここの正社員だぞ! IDを確認したまえッ!!」
「知らねえよ! 死ね死ね死ね死ね!!!」
背後から無慈悲な銃撃と悲鳴が木霊する。
完全に無差別、ここにいる全員を口封じするつもりらしい。恐らく、逃げ出した実験体を目撃したからだろう。
いかなる情報だろうと持ち出させる気は無いようだ。
【チェック:武装警備隊】
黒塗りに社章が印字された胴長の装甲車を駆る部隊。車両はざっと4両ほど。『ネズミ捕り』には随分と大袈裟である。
構成員の装備は一級品だが、それを携える男達はガラクタ同然の装甲義体を身に着け、なんとも不釣り合いでみすぼらしい。
「ソルジャーくずれ……全身義体になる度胸も無い半端者ですか。 職員も使い捨てなら、戦闘員まで使い捨て。 これだからコーポは嫌いなんですよ」
「アレ、嫌いニャ」
「気が合いますね。 なら、汚い手で触れられる前に去りましょう」
ハンドルを握る前に、ボクは自分の手を見つめる。
【チェック:生身の右手】
依頼に応じてメガコーポにまで侵入し、あげく一人は殺害している。
だからといって動揺するほど初心ではない。もう慣れ切っている。
死と生が隣り合わせのこの街に順応し過ぎたのだ。
(まぁ……ボクも人のことを言えるほど、『綺麗な手』をしてはいないですけどね──)
肘置き型のハンドルに右手を置くと、マイマイのエンジンが唸りを上げる。
掌の肉球を通して神経回路を繋ぎ、ボクの身体が拡張されていくのを感じていく。
これでマイマイがただの鉄の塊から、自分の身体の一部となったのだ。
人類の最も優れた能力は二足歩行ではない。この自己認識を広げる脳のスイッチと言えるだろう。
そんな充足した心地良さを邪魔するように、無粋な声が割り込んで来る。
「怪しい車両発見ンンンンンッ!!!」
「殲滅! 排除! 抹殺ゥ! 積荷と命を置いて逝きやがれぇィ!!」
煩い外野がエンジン音を聞きつけたらしい。
到底話の通じる相手ではなさそうだ。理性というものを欠片も感じない。まだ野生動物の方が高いIQを叩き出せるはず。
あの様子だと、薬物中毒者だろう。クスリ漬けで『ハイ』になっているのが遠目でも分かる。
どうせ銃弾の一、二発をぶち込んだところで倒れないだろうし、脅しにもならず相手をするだけ無駄。使い捨ての駒としてなら上手い扱いではある。
コーポも伊達に企業戦争を繰り返しているわけではないらしい。まったくもってイヤなノウハウばかり蓄積しているものだ。
『バルルル──カンッ』
下手な弾でもというやつか。まだ距離があるというのに、サブマシンガンを1マガジン使い切って乱射してきた。
だが、それだけ贅沢に使ったおかげなのか、マイマイの車体が大きく揺れる。懸念していた通り、リアボックスへ命中したらしい。
この大きな殻は、逃げる際の盾替わりではあるが、流石に距離減衰の無い直撃へは心許無い。距離を稼がなければ。
「支給品の弾薬だからと調子に乗っていますね。 こちらは一発でも節約したいというのに、イヤミですか」
「ピプ、ピプ──損傷ヲ確認、直チニ弁護士ト警察へ連絡ヲ──」
「そんなことしても敵が増えるだけです。 さっさと逃げますよ」
状況を理解していないポンコツの戯言を無視すると、アクセルを吹かして急発進する。
なるべく直進はせず、ジグザグ走行で弾を振らせて被弾を避けていく。
小回りが利く小さな車体だからこそ出来る芸当だ。その分、搭乗者への負担は計り知れないのだが。
「ニャ゛ニャ゛ニャ゛ァァァッ!?」
「おっと、言い忘れてました。 舌を噛まないように、口を閉じていてくださいね」
『ガリ』
「────!!!」
【チェック:保護した子供】
抱えている状態では顔が見えないが、必死に口を押さえているのが目に入る。
どうやら注意が遅かったらしい。車酔いまで起こして吐かないことを祈ろう。
「さて、まずはゲートのタレットをどうするか、ですが──!!」
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