File:05 ニューロナイザー(挿絵)
ボク達は職員達が倒れている部屋を素通りし、侵入に使ったルートを逆戻りしていく。
通気口へ潜り、天井裏を伝い、パイプシャフトを降りる。これだけ大きなコーポなら、メンテナンス用の裏道くらいはいくらでもあった。
唯一の難点は外へ繋がっていないこと。そういうところだけは無駄にしっかりしている。
変なところにだけこだわるのは企業の悪い癖だ。偉い奴が仕事をした気になりたくて口を挟むのだろう。
おかげで買収する人員は出入り口だけで済み、経費が浮いたのでこちらは大助かりだ。
それにしても、どこも狭い道だ。小柄な女性に産まれて良かったとしみじみ思う。
「胸だけはどうにかしたかったですね……今度サラシでも巻いてきましょうか」
「ニャ? ぜんぜん、平気」
「キミはまぁ──そうでしょうね」
【チェック:保護した子供】
改めてよく見ると、筋肉質というよりはガリガリに痩せている。つっかかるような起伏は何も無い。
最低限の食事しか与えられていないのだろう。スラムの子達の方が健康にすら思える。
(連れ出せたら、何か食べさせないと。 クライアントへ引き渡す前に、どこか寄りましょうか)
夕飯の支度を考えていると、裏道から正道へと降り立った。
この施設にたった一つだけある出入口通路である。
あとは監視カメラをとにかく避け、顔を割らないように気を付ければいいだけ。
こんな苦労をしなくとも、カメラだって伝手を使えばネット経由で止めることも可能ではある。だが余計な出費は抑えたいのだ。
「よく着いて来れていますね。 偉いですよ」
この子の身体能力の高さは、一度対峙し分かってはいた。だが、実際にこうしてパルクールじみた移動をさせてみると余計に実感する。
他人のことであるはずなのに、なぜだか嬉しくなっている自分に気が付いた。
『先生』がボクを拾った時も、こんな感情だったのだろうか。叶うなら、一度聞いてみたかったものだ。
「ナ~ン、ゴロロ」
いつの間にかよく懐いたものである。頭を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
人並の扱いが嬉しいのだろうか。ともかくボクには好都合。
ここで様子がおかしいと、この後が面倒なのだから。
「良い子ですね。 では、これからボクの言うことをよく覚えておいてください」
「ニャ?」
「この先、ゲートを通ります。 荷物に紛れて、ですが。 ですので絶対に声を出さないでください」
「────!!」
猫耳の子は、実行にはまだ早いというのに口を閉じてウンウンと必死に頷いていた。
息まで止めなくてもいいのに、まるでフグのように頬を膨らませている。
「えい」
「ニャプッ!?」
まだだよ、という意味を込めてソレをつつく。
すると思いっきり息を吐き出し、混乱した様子でボクを見返していた。少し楽しい。
「ぬぁ!? ニャにする!!」
「黙るのはアレに乗ってからですよ」
ボクは荷物がこれでもかと詰め込まれたホバーカーゴを指す。
床の配線などを踏まないことが評価され、こういった人の出入りが多い場所での運搬に利用されているオーソドックスなタイプだ。
注目すべきは、運搬車ではなく貨物の方。
【チェック:ホバーカーゴ】
積載面は幅5m、奥行10mといったところ。その上へ荷物がパズルのような乱雑さで積み上げられている。
よく見ると、中心部に人の入り込めそうな隙間が見える。
「ここです。 さ、一緒に入ってください」
「んニャ、狭い……」
「仕方ないでしょう、元々一人用で手配しているんですから」
どうにか四つん這いの姿勢で荷物に潜り込む。
ところが自分一人で満員状態。子猫一匹潜り込む余裕はなさそうだ。
「チッ、予定より荷物が多い……仕方がないですね、少し減らしましょう。 丁度、子供用の服のパックがありますし、キミに合うんじゃないですか?」
開けてみるとパーカーのようなものが入っていた。
少しサイズが大きいのかブカブカしているが、施設で着せられていた布切れよりはマシのはず。
なにより何が仕込まれているか分かったものではない。早々に捨てるつもりではあった。
それに、少しでも見た目の変化があれば気付かれにくくなる。
着替えさせると、すぐに子供を床とボクの身体の間に押し込んだ。小さいしスリムなのだから十分だろう。実際入れたのだし。
「さぁ、ここからはシーッ、ですよ」
「うニャ」
「んっ────!」
小声で肯定するように一声鳴く。その拍子に頷くものだから、猫耳が胸元を撫でてこそばゆい。
危うくボクの方が声を出してしまう所であった。
なんとか堪えて口を押さえると、身体の浮き上がるような浮遊感が全身を包む。
ホバーカーゴが動き出したのだ。ところがすぐに動きを止める。
荷物の隙間から顔を出すと、ゲート職員と眼が合った。
買収済みの男である。彼は分かっているとばかりに小さく頷き、指差し確認を始める。
「止まれ──ヨシ、積荷問題な~し! 行っていいぞ」
「ピ、通行許可確認──オサキニシツレイシマス」
ホバーカーゴが電子音声を流しながら動き出す。
カーゴは巡回するだけの単純思考だ、職員の態度に何も疑問すら抱かないだろう。
計画通りすぎて面白いように事が進み、超巨大企業の仰々しいゲートを抜けていく。
だがどうにも神様というヤツは退屈していたらしい。急に耳をつんざく大音量の警告が鳴り響いた。
『ビープ、情報漏洩発生──警告、武装警備隊が到着するまで、誰もその場から動かないでください』
「チッ、これはいったいどういうことなんです──」
こんな事態、計画には無い。ボクは責めるように買収した男を睨む。
しかし、自分は何も知らないと必死に顔を横へ振っていた。
しらばくれるなと襟を鷲掴みたいところだが、そんな悠長なことをしている場合では無い。
すぐにこのゲートを封鎖されしまい、ボク達が見つかるのも時間の問題だろう。
『ビープ、特別実験室で異常確認──ビープ、研究対象の脱走を確認──館内の職員は、研究対象を発見次第、武装警備隊へ通報してください』
「実験対象……まさか、この子──!?」
「ニャ?」
すぐに思い当たり、胸で押しつぶしている子供を引っ張り出す。警報で捜索願いが出されているのは間違いなくこの子だろう。
ボクはコメカミに埋め込んだLIDに触れて、義眼機能のフィルターを切替える。
電波などを発生させている通信機器の探知フィルターで止めると、子供の身体をくまなく調べていった。
【チェック:保護した子供】
治療衣の外に出ている部分は異常ナシ。神経拡張機すら積んでいないらしい。
衣服を捲ると、臀部の片方に『マイクロチップ』の反応アリ。
ついでに子供の性別が女の子だと判明した。
「これか……まるで商品管理ですね、胸くそ悪い。 少しチクッとしますよ、我慢してください──」
「ブニャッ!?」
お尻の肉をギュッと摘まんでチップの頭を出すと、有無を言わせず無理矢理引き抜いた。
抜け落ちないよう矢じり状になっているため、少しだけ血が出て来る。
その痛みに驚いたのか、子供は全身の毛を逆立てて威嚇を始めてしまう。だが今は構っている場合では無い。
「フシャーッ!!!」
「はいはい、コレあげますから騒がないでください」
「ニャッ、ニャッ!! ふんふんふんふん────」
チラつかせていた円錐型のお香を一つ渡してやると、すぐに興味がそちらへ移って痛みを忘れてしまう。
薬品と機械油以外の匂いを嗅ぐという行為が新鮮で堪らないのだろう。
「そうだ、コレに入れておきましょうか。 どうぞ、これでキミだけのモノですよ」
閃光弾代わりに使ったせいで破けた巾着袋。
その布を少し千切って小さなお守りに仕立て、紐を通し首へかけてやる。
自分だけのモノ、その所有権という特別さには大そうお気に召したらしい。分かりやすく目を輝かせていた。
「ニャはぁ~!! これ、好き!!」
「それは良かった」
子供は単純で良い。もっとも、大人だって金で大人しくなるのだから同じようなものだが。
「さてと。 チップを外したところで、これ経由で場所は割られていますから……コソコソするのも馬鹿らしいですね」
鉄の左手でチップを擦り潰す。
こんなことをしても警報が止まるわけじゃない。だが、せっかくのワイロを無駄にされた腹いせがしたかったのだ。
けれども、それだけでは腹の虫が治まらない。
ボクは脳に接続した神経拡張機へと、意識を集中させる。
(──暗号通信オンライン。 マイマイ、位置情報だけ送るから迎えに来て。 以後はオフラインで行動するように)
「ニャ? ドコ、見てる?」
「目は開けているけど、どこも見ていませんよ。 しいて言うなら、ネットの海ですかね」
生返事を返しながら、ボクは急いでネット回線を閉じる。
敵の敷地内で回線を開き続けるなんて、脳を焼いてくれと言っているようなものだ。自殺行為過ぎる。
「うみって、ドコニャ……?」
海とは比喩表現なのだが、猫耳の子はありもしない海を探してキョロキョロとゲートを見渡していく。
子供の目には、ボクが奇行を行っているように映るのだろう。
こればかりはサイバネ化しないと伝わらない感覚だから言語化しにくい。
「ニャ!! なんか、来た!!」
停止するホバーカーゴから顔を出していた子供が叫ぶ。