FIle:43 決着
ひとしきりコテツが満足するまで構ってやり、頃合いを見て手を離す。
名残惜しそうな少女を視界から外すと、路地裏に落ちて来たワイヤーの切れ端を掻き集めた。
「これでヨシ、と……さて、あとはどうしましょうか」
素手で触れば怪我をするような危険物。持ち主であるボクとて、鉄の左手が無ければ危なっかしくて扱えない。
そんな縄で犯人をグルグル巻きにしてやったのだ。
下手に逃げようなどと企てても、無理をすればするだけ全身がズタズタに裂けてまともに動けなくなるだろう。
「生温いですわねぇ。 こういう悪人はもっとキツくお仕置きしないと改心しませんわよ?」
「別に、今ここで殺すつもりはありませんよ。 サイトウ氏のややこしい立場を説明するためにも、生きてもらわなければ困りますから」
「うニャぁ……でも、コイツ喋るかニャ? すっごく意地悪そう!」
「そこでキミの出番なんです」
「ニャ?」
ボクはおもむろにコテツの手を取る。
そのまま彼女の細い指をドッペルゲンガーのコメカミへと導いて接触させた。
指の先にはピカピカと光る電飾。脳とネットを繋ぐ神経拡張機だ。
「直接、彼の脳内から情報を引き出します。 情報端末やバイクと同じようにオーバーライドしてくれればいいんです」
「それって大丈夫ですの?」
「まぁ、失敗しても悪人が一人、廃人になるだけです」
「ならオッケーですわね!」
「そうニャの?」
「どうせデッドオアアライブの賞金首です。 捕まったからには結果は変わりませんよ」
「はニャぁ~、悪いことすると怖いね!」
「悪人に情けは要りませんからね。 さぁ、やってくださいコテツ。 ボクもキミを通して中を覗きます」
ボクは右手の肉球を彼女の爪に重ねて眼を瞑る。
次第に、瞼の裏にはネット特有の暗く明るく眩暈のするような情報量の洪水が溢れかえっていった。
【チェック:ドッペルゲンガーの中】
相手が気絶しているせいか情報が散乱してゴチャゴチャしている。
しかし、コテツの直接介入力のおかげか、少し強引に進んでもコチラへの負荷は無いのがありがたい。
ゴミを掻き分けていくと、すぐに目当ての情報を手にすることが出来た。
「ふぅ……ありました。 始末した手下共や闇医者とのやり取り、そしてサイトウ氏を貶める作戦の全貌──」
「んまぁ! 随分と早かったんですのね!? さっきの今ですわよ!?」
「ふニャ……疲れたニャ……」
「処理負荷はこの子が肩代わりしてくれましたから。 ウチはネットダイバー要らずですね」
「むむ、見掛けによらず末恐ろしいオチビちゃんですわね!」
「マッスルメタルのおかげらしいですけどね。 キミもいれてみたらどうです?」
「ノーセンキューですわ!! そもそも、そんなの生身で入れられるわけないじゃありませんの! あら? とすると、このオチビちゃんはいったいどうなってますの……?」
「まぁ、それはおいおいで──とりあえず欲しいものは搾り取れたので、この搾りカスはキミにあげますよ。 これでゲームクリア、ですよね?」
「あら? あらあらあら! 気が利く『子犬ちゃん』ですわね! それでは早速突き出してきますわ! ごめんあそばせ!! オ~ッホッホ!!」
簀巻きの成人男性を片手で軽々持ち上げると、上機嫌でG・Gが去っていく。
コテツのことを誤魔化せたし、今回の働きの駄賃としても十分だろう。
「ボクらも戻りましょうか」
「うニャ! コテツお腹空いてきた! ニャにか食べたい!」
「ナツメさんが起きたら、何か作ってもらいましょうか」
「やった~!」
コテツがピョンピョンと全身で喜びを表現していると、路地の反対側から重低音が鳴り響く。
『ブロロロ──キッ』
「よっ! 元気そうじゃねぇか、マサム姉。 その様子だと、もう終わったのか?」
狭い道を器用にドリフトしながら、見慣れた大型バイクが颯爽と現れる。
搭乗者は煤けた髪のフカク勲だ。あのジャンプの後、どうにか五体満足で帰還したらしい。
「そちらも、元気そうで安心しました。 キミが動けないとボクの左腕を直せる人がいませんからね」
「まぁな……って、おい!? なんでそんなボロボロにヒビ入ってんだよ!?」
「流石にミサイル二発分の推力に耐えるのは無理があったらしいです」
「当たり前だろ!? はぁ……バイクに加えて腕もかよ……オレ様、いつ寝れっかな……」
「キミなら一晩でやってくれますよ」
「他人事だと思って簡単に言いやがって……クソ、やってやらぁ!! そうと決まれば時間がねぇ! さっさと乗ってけ!! 超特急でガレージ突っ込むぞ!!」
そうして事件は幕を閉じる。
手にした情報で本物のサイトウ氏の潔白を主張し、G・Gがドッペルゲンガーを提出したことにより証明された。
おかげで彼はまたいつもの日常へと戻ることができたのである。
事務所も保険をふんだくって綺麗に内装を整えられたし一石二鳥。
ナツメさんも心なしか家事が楽しそうだ。
ボクとコテツはというと、次の事件の合間までの僅かな休暇を楽しんでいた。