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File:03 秘密を守る番猫

「さぁ、物音を立て過ぎましたし、用事は手早く済ませましょうか」


 ノブが外れてしまったため、手を掛けるところが無い。


 ならばと、そのまま体重をかけて蹴り押してやる。


 するとあれだけ入室者を拒んでいた頑固な扉も、今ではすっかり素直に戸口を開いた。


『ギィ』


 ひしゃげてしまったのか、蝶番(ちょうつがい)が情けない音を鳴らす。


 扉を開けるために行儀悪くおっぴろげた脚を下ろし、一歩中へと踏み入れる。


 カツンと左足(ショットガン)のチョークが床を叩き、それに反応したのか部屋の電気が自動で点灯してくれた。


「気が利いていますね。 不用心で助かります」


 そもそも侵入を想定していないのだろう。警報装置の類は鳴らなかった。


 あるいは侵入されたところで構わないということなのかもしれない。


 それを確かめるためにも、このまま中へと入っていく。


 だが部屋を(また)いだ途端に異様な光景で目を奪われてしまった。


【チェック:両側に続く巨大水槽】

 明度は低いが、かろうじて中に毛の無い生き物がいくつも浮んでいるのを目視できる。

 サンショウオだろうか。違う。これらは全部、人間の胎児だ。


「ミュータンテック社……禁忌を犯しているというのは、本当だったということですか……」


 片方の水槽に近付き、よく観察する。


 遠目では気が付かなかったが、人間の胎児達にはどれも人外の部位を生やしているのが見て取れた。


 ある子供は尻尾、またある子供は裂けた口と大きな牙、とくに目を引いたはほとんど人間の原型を留めていないブクブクの肉塊。


 あまりの悪趣味な光景に、胃の辺りがムカムカと込み上げ、気分を悪くさせる。


「酷いものですね……表向きは動物実験を行う超巨大企業(メガコーポ)、その裏側では人体実験にまで手を出していたとは──」


 もとから黒い噂の絶えないコーポではあった。いや、黒い噂の無いコーポなど存在しないのだが。


 それでも、国際法を破れば世界中の商売敵に潰されるリスクがある。


 だからこそ、『未成年への遺伝子操作及び人体実験』はそうそう超えることのないラインだったはずなのだ。


 このクソッタレな世界で最後の理性とも言える防波堤。


 それを超えたら人類は堕ちるところまでいってしまう。


「しかし、なんでしょうかこの違和感……これが事実なら、警備がザル過ぎます」


 下手をすれば、社員(サラリマン)が情報を売る可能性だってある。


 この規模となれば、要職を監禁していても不思議ではないはずだ。


 それを新人らしき職員二人で見張るとは考えられない。


「────? まだ、奥になにか……」


 気配を感じる。水槽から目を離し、部屋の奥へと振り向いたその時であった。


『ヒュッ、ガキン』


 勢い良く風を切り、何かがボクの喉を掠めていく。首の皮一枚、本当にギリギリだった。


 よく狙われる急所であるため、予め部分的に装甲義体(ハードウェア)首輪(ネックプレート)にしていなければ即死だっただろう。


 頭部や胴と違い守ってくれる骨が少なく、太い動脈と呼吸器のある部位なのだから。


「ケホッ……なるほど、番犬がいたから、というわけですか──」


 この正確な技量。油断をしっかりと狙う狡猾さ。


 恐らく、見せしめに何人か殺っているに違いない練度だと感じさせた。


 この番犬が職員を縛り付けていたのだろう。


 ボクが一度目の奇襲をやり過ごせたのは偶々のクリティカル(幸運)。次は無い。


 生き残るためにも、何か打開策を早急に見極めなければ。


【チェック:謎の暗殺者】

 黒髪と浅黒い肌。体格は小柄で幼い顔立ち。

 実験体用らしき患者衣を雑に(まと)っている。武器は所持していない。

 特筆すべきは、『猫の耳と尻尾』を生やしていること。


「いえ、番犬(ばんけん)というより、番猫(ばんねこ)……でしょうか。 ニンジャ……ではないでしょうね、幼すぎますし。 ですがあの耳、ここの出身であることは間違いないでしょう」


 大方、人体実験の成功例といったところなのだろう。


 稼働テストも兼ねて使い潰しているとみた。


 遺伝子を弄っているのなら、いくら相手が子供であろうと瞬発力での勝ち目は無いはずだ。


 見た目に騙されず油断を禁じ、ボクはジリジリと間を取っていく。


 その後退する過程で広くなった視界。ボクの目の端に、攻撃の傷痕が映り込む。


【チェック:ひび割れた水槽】

 耐圧仕様の強化ガラスに、大きくヒビが入っている。亀裂の中心にはまるでくり抜いたような細い穴。

 跳ね返った武器や弾丸は見当たらず、どんな攻撃方法か見当もつかない。


(どういうことでしょうか……? 少なくとも、物を投げたということではないのでしょうけれど)


 そっと自分の首に手を当て、掠めたところを指の腹でなぞる。するとボコりと引っ掛かる浅い溝。


 やはり勘違いではない。間違いなく何かがボクを襲ったのだ。


「ふぅ……まるで得体が知れない。 イヤな相手です」


 街の男たちなら構わず突っ込むのだろう。


 だが、そんなことをすれば早死にするのが関の山。


「キミはいったい何者ですか? 話をしましょう」


 こうして間合いを取らせてくれるということは、相手もボクを警戒しているということ。


 少しでも手の内を探るために、時間を稼ぎたい。


 どんなことでもいいからと対話を試み、返事を待つ。


「フゥゥゥッ!!!」


 返って来た言葉は、もはや人語ではなかった。翻訳機も反応しない。


 それは大きく息を吐き出すような唸り声であった。


【チェック:謎の暗殺者】

 まるで動物のように四つん這いの姿勢で、頭を低くしながら睨んで来る。

 髪の毛や尻尾の毛が逆立っていた。猫の威嚇(いかく)に既視感を覚える仕草だ。


「遺伝子操作の影響がかなり見られますね。 思考まで猫なのでしょうか……」


 目視だけではどこまで猫の身体構造に近付いているのかが分からない。


 一つ分かっているのは、素手の人間では大型のネコ科に敵わないということだ。


 とはいえ相手は子供、なるべく穏便に解決したい。だが最悪の場合は自衛のため銃を抜くことになるだろう。


「大丈夫、怖くないですよ。 ボクがここから連れ出してあげましょう、ほら」


 近所の猫にならい、興味を抱かせるように手の甲を差し出し一歩接近する。


 どうにか敵意が無いと理解し警戒を解いてくれれば良いのだが、こんな施設でコミュニケーション能力が発達しているかは怪しいだろう。


 案の定、相手は驚いたように一瞬身体を引いた。


 そして、引いた反動を利用し鋭い猫パンチを繰り出してくる。


「シャッ、フゥゥゥゥッ!!!」


「────ッ!? 今、手の先から何か……!?」


 相手の手が伸びたかの様に、一瞬にしてボクの手の甲を引っ掻いた。


 向こうとの距離は目測約5mといったところ。とても子供が腕を広げたくらいで触れられる間合いではない。


 第一、いくらボクだってそこまで迂闊な行動はしない。注意を惹くだけのつもりだった。


 けれどほんの一瞬だけ視界に黒い刃が映り込み、ボクの鋼鉄の左手を削り取って行ったのを見たのだ。


【チェック:鉄の左手(フィンガン)

 銀色に磨かれた鏡面に、一筋の深い線が掘られていた。

 まるでバターかと思うほど金属を滑らかに裂くその断面は、水槽を穿ったものと一致する。


(驚いた──武器は未所持だと思っていましたが、何か隠し持っていたのですね)


 仕込み武器は自分だけの特権ではないということらしい。


 手痛いしっぺ返しを受けたが、これで相手の手の内を読めた。


 実際に手の内へ内蔵していたというわけだ。


【チェック:謎の暗殺者】

 二打目を放とうと掲げる右手。その掌を突き破るように黒い刀のようなものが伸びている。

 猫の爪のように自由に出し入れできるらしい。しかもその長さは計り知れない未知数。


(いったいどれだけ身体を弄りまわされているのやら。 身体の負担をまるで考えていないですね、これは──)


 期待はしていなかったが、禁忌を侵すほどのコーポに人道的な配慮などまったく無いらしい。


 コーポの身勝手さはいつものことだが、何も知らない子供に罪は無いはずだ。その境遇に思わず自分の面影を重ねる。


 この子は憐れな被害者。なんとか殺さず生かしたいと願う。


 それはボクのエゴだが、この狂った街で人間性を保つには必要な矜持(きょうじ)なのだ。


「伸縮するカタナ……そして動物的瞬発力。 正直、頭を抱えたくなりますね……ふむ」


 接近戦は始めから勝ち目がない。あの反応速度だ、ガス圧で放つスタンワイヤーガンでは遅すぎる。


 だが遠距離から射殺するだけならば、致命傷を与えて逃げるだけで容易いだろう。


 あの子は体格が小さい分、失血で倒れるのは早いからだ。


 しかし不殺となると途端に難易度が跳ね上がる。


 体格の小ささが災いし、急所を外して動きを止めるなんて芸当、強運(クリティカル)でも起こらなければとても無理。


 やはりここはどうにか接近して拘束するのが望ましいか。


「なら、少し驚かせますか。 相手は猫なんですし、ネコダマシといきましょう」


 そう呟くと、ボクは懐に右手を忍ばせ、小包を取り出した。

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