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File:02 奥の手(挿絵)

挿絵(By みてみん)

イラスト作成者:たわわ製麺所(@makingtawawa)様

『視線誘導と甘い罠』

「へ、へへ……なるほどなぁ、ツイてるぜぇ! 他社のニンジャが相手だったら絶対勝てねぇけどよぉ。 噂の探偵がこんな小娘だったとはな。 これなら俺にも昇進のチャンス到来ってわけだ!!」


 スパイの密告、ゲリラの撃退、もっといえば企業(コーポ)が手塩にかけて育てたニンジャの討伐。


 それらを上に報告すれば、社内での覚えが良くなるという話なのだろう。


 ボクもその対象に入っているということは、コーポにとってそれだけ厄介な存在として認知されたと誇るべきなのだろうか。


「おまけに手柄は俺一人! ハ、ハハ、キテる、今日は超キテるぜ! ハァハァ、落ち着け……すぐに連絡するか──いや、ダメだ! そんなことしたら手柄を取られちまう! トドメは俺がキッチリ刺さねぇと!!」


 男はぶつくさと、頭の中を整理するように自問自答を始める。


【チェック:向けられた銃】

 男の手は僅かに震えている。実際に人を撃ったことなど無いのだろう。

 勢いを捨てて下手な思考を始めたせいか、逆に迷いを産んでいるのが見て取れる。


(もしもあれが照準補正の無い『普通の銃』だったなら、このまま立ち止まっていても当たらないでしょうね)


 端くれとはいえ大きいコーポに務めているのだ、相当上等な育ちをしているはずである。


 命を取り合うには喧嘩の場数があまりにも足りていない。


「決めたぜッ!! テメェの古臭ぇドタマをぶち抜いてから、身体を突きまくってたっぷり楽しむ! そのあとに警備犯へ突き出してやらぁ!!」


 もっとウダウダするかと思っていたが、意外にも彼の決断は早かった。


 腰抜けのお坊ちゃんではなく、コーポにしては珍しいタイプの『やる時はやる』男だったのか。


 というよりも、『ヤれる時にヤりたい』だけだったようだ。


【チェック:男のズボン】

 チャックの悲鳴が聞こえそうなほどに、山なりのテントを張っている。

 悲しいかな、強がっている彼の本心とは異なり、下心は正直であった。


(ようするに、身体を楽しみたいって部分が本音だったわけですね)


 だが、このままむざむざと性処理人形(ワイフードール)になってやる気は無い。


 それにいくつか観察したおかげで彼の特徴を充分に掴めた。


 この手の相手ならやりようがある。ここは少し口を挟ませてもうらうことにした。


「おや、いいのですか? 見逃してくれるのでしたら、人形(ドール)にはできないこともしてあげますよ?」


 なんて見え透いた適当な言葉を投げる。そのままボクは挙げた手を前に下ろしながら、姿勢を前屈みに倒した。


 一般的には『抱いて』というアプローチだ。


 そうすると、ただでさえボタンを一つで留めて胸元が開いているコート。それに包まれたボクの谷間が強調されることになる。


 コートの下に着ているのは、古い言い方をすればバニースーツに近い形状。こうすることに適していた。というよりも、するために着ているのだが。


 無抵抗を示すはずの伸ばした両手は、『来て』と誘うようにねちっこく揺れる。


 おまけとして口を大きく開き、うねる舌を見せてやった。


 使えるものは何でも使う主義だ。それが女の武器ならばなおのこと。


 視線の集中効果というものは馬鹿に出来ない。以前、スラムのマダムから教わった技術(テクニック)だ。


 娼婦街(ヨシワラ)通いという彼の話が本当ならば、効果てきめんのはず。


「う、うるせぇ!! 誰が(ぞく)の誘いになんか乗るかってんだよ!! こっちは既に一人やられてんだぞ!! 信用できるか!!」


 ウソだ。現に忠告を無視して言葉を話し体勢を崩しても、ボクはいまだ撃たれていない。


 推理が見事に的中し、彼の心理を見抜けている証拠である。


 それに答えはあの目を見れば嫌でも分かる。


【チェック:コーポ男性の目線】

 必死にボクの目を睨み返そうとしているが、実際は上へ下へと大忙し。

 バレバレの視線誘導に、まんまと引っ掛かっている。


(あれでも隠しているつもりなのでしょうか)


 ともあれ、相手の返事などこの際どうでも良かった。


 ボクの目的はこの姿勢になることだったのだから。


 誘導した相手の意識外。自然な流れで前方へと傾けた腕。これが必要な準備だったのである。


「クソッ、クソッ、クソッ!! 迷うな、撃つ、撃つぞ、撃つんだ、う……」


 自動追尾銃(スマートピストル)のトリガーに掛かる指が動きかけた瞬間。


 彼の言葉は、物理的に(さえぎ)られた。


『パパパパァン』


「ウゲェヘェッ!?」


 布を突き破る、クラッカーのような軽い破裂音が4つ重なる。


 その音が耳へ届くと同時に、男の左目と(あご)、喉笛、そして人差し指が吹き飛んでいた。


「あ、アガ、へ……?」


 床に崩れ落ちて血溜まりに溺れるこの男は、自分に何が起こったのかまるで分からないといった顔を浮かべたまま、静かに息を止める。


 最期にスマートピストルの引き金を必死に引こうとしていたようだが、その肝心の指はとっくに千切れてしまっていた。


 いかに百発百中の銃であろうと、撃てなければガラクタでしかない。


「残念でしたね。 ボクの名前を知っていたのなら、もう一つの通り名(ユニーク)も思い出すべきでしたよ」


 ボクは、今にも消えそうな瞳の光を見下しながら、破けた左手の皮手袋を外して見せる。


「そう、誰が付けたかは知りませんが、もう一つの名は──『鉄腕探偵(プライベートアイアン)』」


 まるで今しがた焼き焦げたように指先から硝煙(しょうえん)を上げる皮手袋。


 そのヴェールを脱ぎ捨てると、中からは銀色に輝く『鉄の左手』が顔を出していた。


 親指を除く4本の指の先には、黒い穴が穿(うが)たれている。彼を射抜いたのはこの指先だ。


 手指そのものがハンドガンになっているのである。ボクはこれを指鉄砲(フィンガン)と名付けていた。


 ちなみに、親指には覗くことが出来るスコープを内臓。


 虫メガネに良し、望遠鏡に良しのちょっとした優れもの。手作り(ハンドメイド)してもらった甲斐がある。


「仕込み銃、奥の手、というやつですよ。 聞いてます?」


 問いかけても、男の瞳は何も語らない。


 既に色褪せ、虚空を写すだけの物体になっていた。


「はぁ……死人は出さない方針でしたが──まぁいいでしょう」


 事故(アクシデント)不幸(ファンブル)はいつだって突然やってくる。


 今回の依頼は幸いなことに、不殺が条件というわけではない。


 後始末にはアテがあることだし、死体(ホトケ)にはこのまま相棒の隣で眠ってもらうことにした。


 投げ捨てたスタンワイヤーガンを拾い上げてコートに仕舞い、はだけた服をサッと直す。


「さて、お預けをされていた本命へ会いに行きましょうか」


 先程、ボクが手を掛けようとしていた重苦しい雰囲気の扉。


 そちらへ向き直ると、ノブに体重をかけて下ろそうと試みる。


『ガチ』


 ノブを半分も動かす前に、固い反発が返ってきた。


「鍵……まぁ、そうですよね」


 手に感じる感覚から、それはすぐに分かった。


 ならばこうしていても仕方がないので、潔く諦め手を放す。


【チェック:ドアノブ】

 ノブの付け根には何も無い。ただツルリとした壁面が広がっている。

 ドアの横にも室名プレート以外は無かった。隠し蓋やメンテナンス用の継ぎ目すらも。


「そのわりに、鍵穴も端末も見当たらないようですが……?」


 人は大事な物には鍵を掛ける。つまるところ、ビンゴというわけだ。


 だが肝心なのは、開ける方法が分からないこと。


 知っていそうな二人はあの有様であるし、今更悔やんだところでどうにも出来ないだろう。


「ふむ、仕方がないですね。 ならば強行突破と行きましょうか。 古今東西、ドアは()()()()()と決まっていますし」


 チンタラと解除法を探して部屋を漁っている時間は無い。


 潜入する時間が伸びる程にリスクは増していく。即断即決、こういう時は勢いが大事なのだ。


 ボクはドアにもたれかかって体重を預けると、左足をはしたなく蹴り上げる。とても若い女性がしていい恰好ではない。


 そのまま空を切って伸びた足先は、ドアノブを止まり木にして着地した。


 ガチリと、ノブと靴底が噛み合って動かないことを確認する。


「マスターキー、セット」


 そしてどんな扉も開けてしまう『魔法の呪文』を唱えていった。


「ブリーチング、ファイア」


『ボンッ』


 ボクの鉄脚が轟音を鳴らし衝撃を放つ。


 同時に、左手の小火器とは比べものにもならない反動が身体を襲う。


 うら若い少女の体格ならば危うく吹き飛んでしまうはずだが、ドアにもたれかかっていたおかげで辛うじて体勢を保っていられた。


 それでも身体のあちこちが軋んで悲鳴を上げてる。それだけの火力を詰め込んでいるのだ。


「くっ……ふぅ。 あまり乱用すると、全身の骨までイジる羽目になりそうですね」


 まだジンと残響する脚を横にどける。


 あとにはノブの内側にあるはずの鍵部分に、大穴を穿っているのが目に入った。


 これでドアの中に眠る忌々しいつっかえ棒は取っ払えたことになる。


 備えあれば憂いなし。仕込み武器は左手だけではない。


 こういう時のために、左足にも万能鍵(マスターキー)と呼んでる強力なショットガンを内臓してあるのだ。

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