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File:28 騒動を告げるノック

「お皿、さげちゃうわね」


「ありがとうございます、ナツメさん」


 静かな朝の団欒。カチャカチャと食器の重なる音が響き渡る。


 心地良いリズムで、つい眠気が押し寄せてきた。


 思えば夜通し戦っていたものだから、すっかり寝不足だ。満腹感も眠気を増幅させる。


「ニャ、ぷひ~ニャむニャむ……」


 ふと横を見れば、コテツは食べながら眠っていた。スプーンを握りながら机に突っ伏している。


 食い意地の張った子供らしさが微笑ましい。


「ふぃ~喰ったぜぇ。 固形物だったら胃が受けつけなかったしよ、マジで助かるわ」


「そんなに難儀なら毎晩の深酒を止めればいいでしょう」


「うるせぇ、こちとらフカクって名前してんだぜ! 深酒(フカざけ)しなきゃ名前負けするってもんよ!」


「そのどうでもいい意地を張るクセ、大人になっても治る気配がまるで無いですね……」


「クセじゃねぇ、プライドだっつぅの!」


 コテツに対して、こちらと来たら実に見苦しい。


 まるで大きな子供だ。屁理屈ばかりゴネて我を通そうとしている。


「お~っほっほっほ! ワタクシなんて、朝は『新鮮な』フルーツしか喉を通らないんですの! 『子犬ちゃん』達とは『繊細さ』が段違いでしてよ~!!」


「本当に『繊細』な人は、朝からそんな風に叫ばないんですよ……それに、果物なんて貴重品を惜しげもなく無駄遣いしたりもね」


 ボクは搾りカスとして空き皿に捨てられた残骸を見て差す。実を残すなんて贅沢の極みだ。


 この問題児、場にいる中で一番精神年齢が低いかもしれない。


 コテツの方がまだ物分かりが良いのだから。


 だがそんなことを口にして面倒なことになるもの嫌なので、グッと言葉を飲み込む。


 せっかく補給したエネルギーを無駄な言い争いで消費するのは勿体ない。


「そういやぁ、ブルジョワゴリラはなんか用事あったのか? まさか、オレ様に装甲義体(ハードウェア)の依頼ってわけでもねぇだろ」


「G・G! ですわよ!! 今度言ったらブチのめしましてよ!!」


「おわっ!? 今カスっただろ!! こっちは生身だぞ、ふざんけんじゃねぇ!!」


「ちょっと、やめてくださいよ。 フカク君が壊れちゃったら、ボクのメンテナンスは誰がやるんですか」


「おぉい!? 結局は自分の心配なのかよ!? ちっとは、可愛い義弟の心配もしろっつの!!」


「文句は暴れてる方に言ってください。 仮に可愛かったとしても、ボクには止められませんよ」


「あ~ら、ごめんあそばせ! んもう、最近ゲームが上手くいかなくて……拳が鈍っていたんですもの」


 シュッと空気を切り裂く拳。その鋭さはとても錆び付いているとは思えない。


 危なっかしいシャドーボクシングを始めたG・Gから距離を置くと、彼女の口にした気がかりな単語を思い返す。


「『ゲーム』──あぁ、賞金稼ぎですか。 自分達の命を惜しむ警察が作った、賞金首制度。 そんな増え続ける凶悪犯罪者との命の取り合いをするハンター稼業を『ゲーム』だなんて楽観視できるのはキミくらいでしょうね」


「お~っほっほっほ! もちろんですわ! 安物の銃如きで、ワタクシのこのパーフェクトボディに傷を付けられるわけありませんもの!! 犯罪なんて、結局は貧乏人の苦し紛れでしてよ! マネーイズパワーであることを世に知らしめて差し上げるのですわ!!」


「で、その『全身ナノマシン』ハンターなんて二人といない性能をしながら、それでも捕まえられない悪党なんているわけですか」


「悪党の方じゃありませんわ! 最近出て来た同業者が鬱陶しいったらありませんの!! 小賢しくも強化外骨格(メタルスーツ)で道を塞ぐだけに飽き足らず、あれもこれもと……ムキィィ!! 思い出したらムカついてきましたわ~!!」


「ようするに、『ゲーム』にならなくて暇なんですね。  ソイツらがヘマをして消えるまでは──」


「邪魔だからって堂々とぶっ殺すわけにもいかねぇもんな。 白昼で殺った日にゃぁ、今度は自分が賞金首っつぅわけだしよ」


 新警察からすれば、ハンターと賞金首はどちらも目障りな荒くれものだ。


 だがハンターとて納税する一市民である。彼らの無法に眼を瞑るのはハンター稼業に限られていた。


 もしも他の納税者へ危害を加えようものなら、すぐにでも眼を付けられてしまうのである。


 ただし、アイコンズのような無法者は人としてまともに扱われなかったりもするのだが。


「まぁ、彼女なら大金積んで揉み消せるでしょうけど」


「ええ、モチのロンでしてよ! ワタクシレベルのセレブともなれば、そのくらいポケットマネーですもの!! 痛くもかゆくもありませんわ!! 『子犬ちゃん』もたまには良いことに気が付きますのね~!!」


「……今のは皮肉なのですが」


「あら、私が聞いた話だと……『企業のマイナスイメージになることは止めなさい』って怒られたみたいだったけど?」


「きゃあぁ~!? ナツメ叔母様!! それは言っちゃダメと約束したじゃありませんの!!」


 実家と絶縁したとはいえ、慕っているG・Gのように親戚一同から勘当されたわけではない。


 今も交流は保っている事情通なナツメさんがふらりとやって来て、完膚なきまでに虚勢を剥がしていく。


「なんだ、ただの強がりだったんですね」


「う、うるさいですわね!!」


 よほど恥ずかしいのだろう。G・Gはリンゴも顔負けの真っ赤に染まっていた。


 すぐにバレるウソなど、つかなければいいのに。


「つか、金は腐るほどあんだし、暗殺の依頼すりゃいいんじゃねのか? 企業なんだし、フィクサーの伝手くらいあんだろ?」


「ちょっと!! ワタクシを見くびらないでくださいまし!! 勝ち取る手段はあくまでもフェアにグッドゲーム!! 勝負は堂々と真正面からブチ抜く! それがワタクシのポリシーでしてよ!! フンッ!!」


 可愛げのある女の子なら、ここで顔をぷいと背けるのだろう。


 しかし彼女はゴリラの擬人化のような女だ。雑念を消し去るが如き正拳突きをフンと放っていた。


「へいへい、あぁそうかよ。 なんでもいいけど、このビルぶっ壊すんじゃねぇぞ。 真っ先に潰れんのは、下の階にあるオレ様のガレージなんだからよ」


「そうよ~。 私も困っちゃうから。 お外でやりましょうね?」


「う、ショボボボンですわぁ……」


 叔母であるナツメさんには頭があがらないのか、驚くほど素直に大人しくなった。


 危なっかしい暴走ゴリラがソファーで丸まっている今がチャンスだろう。


 ボクは熟睡中のコテツを私室へ移そうと席を立つ──その時であった。


『コンコンコンコンコン……コンコンコン』


 この階のドアをノックする音。声は無い。


「あら、こんな早くから誰かしら……? どうしましょう、いまは手が汚れているのよ」


【チェック:音の様子】

 最初に長めのノック。そして、念を押すように短めのノック。

 向こうにいる人物はよほど急用なのだとうかがえる。

 それに、声を荒げたり力加減を誤ったりしていない。おそらくは紳士な男性だろう。


「大丈夫です、ナツメさん──ボクが出ます。 きっとボクに用事でしょうから」


「あん? 本当かよ? まだ声も聴いてねぇだろ、分かるもんかよ。 ただの宅配かもしれねぇぜ?」


「んまぁ!! なら……もしかすると、もしかしまして!? ワンワンらしく、『子犬ちゃん』はお鼻で嗅ぎ分けましたの!?」


「音ですよ……普通は流れで分かるでしょう……これは予想ですが、元コーポの脱落組でしょうね」


「よほど自信がおありですのね~! でも、外したら恥ずかしいですわよ! お顔が真っ赤になりますわよ! 今度は『子犬ちゃん』が赤っ恥をかく番ですわ~!! お~っほっほっほ!」


 G・Gは喜怒哀楽の移り変わりが激し過ぎる。あれだけイジケていたのに、かと思えばすっ飛んで来てボクを見下ろしながら煽っていた。


 先程の失態の挽回とまではいかなくとも、人の脚を引っ張って帳消しにしたいのだろうか。


 セレブレベルは高いのかもしれないが、知能レベルの方はお子様同然である。


「さぁ、それはどうでしょうか。 確かめてみましょう。 急ぎの用事のはず、待たせては可哀想です」


 面倒なので適当にあしらいながら扉へ向かうと、ガチャリと使い古されたノブを回す。


「失礼、早く入れてくれ──!!」


「おっと……」


 ボクが引くよりも先に向こう側から力が加わり、雪崩れ込むように人影が飛び込んで来る。


 まるで誰かに追われていると言わんばかりに怯えていた。


 これは推理するまでもないだろう。宅配などでは絶対ない。


 何かしらのワケアリな人物だ──

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