File:27 ツメとツマミ
改めてコテツを眺める。元々、子供にしては重い体重が違和感だった。
爪だけではない、全身の破格運動能力から察するに、隅々まで張り巡らされているはずだ。
出し入れしている伸縮分も考えると、相当な量のメタルマッスルを体内に取り込んでいることになる。
となると、人間の本来あるべき『骨』を全てメタルマッスルへ置換しているのではいだろうか。
マッスルなのに、骨の代わりというのも変な話ではるのだが。
「おう。 もしも子供一人分の塊ってんなら、『クロオビスーツ』をまるまる一部隊くらい造れんじゃねぇのか? アレが小型にまとまってるのもメタルマッスルのおかげだしよ。 まぁ、喉から手が出る程に欲しがる国はごまんといるだろうな」
「コテツ、モテモテニャ?」
「そうですね、危険なくらいですけど」
正直、危険どころではない。
企業どころか国にまで眼を付けられかねない代物を拾ってきてしまったのだ。
しかし、今は自分の身の危険よりも、コテツの身体の秘密が気になって仕方がない。
【チェック:コテツの爪】
電気信号に反応するというのであれば、逆に伝達も可能であるはず。
ニューロンを通して身体の一部のように行えるはずだ。であれば、コテツの行う掌握も説明がつく。
それでも規格外の能力であることに変わりはないが。そこは天性の才能なのだろうか。
「なるほど、わざわざニンジャまで使って追って来た理由に説明がつきましたよ。 この子がどれほど貴重な存在であるのかにも……」
「まだ話は終わりじゃねぇぜ。 ソイツがいくら曲がるつっても、骨の無い筋肉みたいなもんなんだぜ? 本来は周りを『ガイド用の鉄』で覆わなきゃならねぇはずなんだわ。 マサム姉のだってそうなってんだろ」
「確かに、砲身という形で覆っていますね」
「だがよぉ、そこのドラ猫ときたら『生身』にブチ込まれてやがんだぜ? マジで意味わかんねぇって」
「ニャ? コテツ、変?」
「まぁ、変と言えば変ですね。 今までの説明通りなら、身体の中で暴走して『肉体を突き破って』もおかしくはないわけですから……」
G・Gのようなナノマシンで強化した肉体ならともかく、普通の肉体ではウネる金属を抑えつけられようもない。
無意識の筋肉運動にも反応し、四六時中メタルマッスルが勝手に動き回るはずだ。
関節などあってないようなもの。筋肉があらぬ方向へ伸ばされ断裂も避けられまい。
考えただけでもゾッとする。
「だろ? だからオレ様も溢れんばかりの知的好奇心を抑え切れず、今に至るっつーわけよ」
「なるほど、事情は分かりました。 それにしてもコテツ、キミの身体は……本当にどうなっているんでしょうね?」
「んん~……知らニャい! マサム! お腹空いた!」
「ふふ、それもそうですね。 フカク君、まずは朝ご飯にしましょうか。 食べないと頭も回らないでしょう」
「チェッ、いいけどよ……お、そうだ。 ほらよっ」
掛け声と共に何かが投げられ、ポスと軽い音を立ててボクの手に納まった。
【チェック:受け取った物】
鉄の左手で受け止めたため、感触では何も分からない。
開いて確かめてみると、そこには掌サイズの個包装があった。
つい最近に見覚えのあるモノ、『ちゅ~ぶ』だ。今しがた床に転がっていたものだろう。
「……食べかけの酒のツマミがなんだっていうんです?」
「そりゃモチロン、ちゃんと喰っとけってことだぜ。 怪我してんだ、タンパク質はどれだけ摂ったってバチは当たんねぇよ」
「そこじゃないですよ──『食べかけ』の方です……!」
「んだよ、いつから潔癖症になったんだ? 中身は零れてねぇんだし、ばっちくねぇって」
「常識の話をしてるんですよ……!? そんなだからモテないんですよ、キミ!」
「あ、あ゛ぁ~ッ!! お、オマエッ! いくらなんでも、言っていい事と悪いことがあるだろうがッ!!」
気の置けない仲でるせいかボク達のくだらない口論はヒートアップする。
その熱にあてられたのか、何故かコテツも興奮気味に割り込んで来た。場に酔っているというやつだろうか。
「ムフー! でもコテツ、モテモテニャ~! オマエ、コテツより、モテモテ?」
少女の顔は勝ち誇っていた。ようやく自分にも理解できる話題に移ったから、嬉しいのかもしれない。
しかも無意識にフカク君の痛いところを的確に抉っている。末恐ろしい子だ。
「ぐぬッ……!! ぬぅ、ガキに言い負かされるたぁ……一生の不覚ッ!!」
「プっ、そうでしたね。 ふふ──そうだコテツ、これはキミが食べますか?」
「うニャ! 食べる~!!」
思わぬ援護射撃で場は和む。礼として擦り寄って来たコテツの口元に『ちゅ~ぶ』を近付けた。
彼女は懸命に鼻をヒクつかせ匂いを堪能している。いまかいまかと待ち切れずに、舌をペロリと仕舞い忘れるほど夢中な様子。
よほど楽しみなようなので、包みの後ろの方からちょっとづつ押し出すように中身を搾っていく。
すると嬉しそうに喉を鳴らしながら、個包装の端を舐めとっていった。
「うんみゃぁ、ンナンナンナンナ──」
「すげぇ喰い付きだよな、ソイツ。 さっき、食わせた時もすごかったぜ?」
「それについては心当たりがありますね。 小耳にはさんだ話によると確か……この『ちゅ~ぶ』の始まりは猫用のオヤツだったと聞きます。 だから香りと風味が強く、ネコ科を引き寄せるのだとか。 ほら、やっぱりこの子は猫でしょう?」
「おいおい、その設定まだ続くのかよ……」
「んニャむ、美味しかった! もっと、ごはん~!」
『ちゅ~ぶ』は瞬く間にコテツの口の中へと消えてしまった。
もう無いと分かるやいなや興味を失くし、満足気に口の周りを舐めながら食卓の方へと歩いていった。
そのあまりにも現金な態度に、つい笑みがこぼれてしまう。
早く行かないと食べ尽くされてしまいそうだ。喰いっぱぐれないためにも、フカク君と競うように後を追う。
「おかりなさい。 どうだったかしら、誰も怪我してない?」
「心配ないですよ、ナツメさん。 フカク君の古傷が増えただけです──自業自得ですけど」
「だぁから、これはマサム姉のせいだっつぅの! それにだ……傷は漢の勲章なんだよ、ほっとけ!」
「あらまぁ、じゃぁ大丈夫そうね。 朝ごはん、もう用意してあるから冷めないうちに食べてね」
「ひでぇ、ナツメさんまであっちの味方かよ……男一人じゃ肩身が狭いぜ、こんチクショウ……」
不審な物音騒動の報告をするボク達の足元をすり抜け、小さな影が飛び出していく。
「ごはん~! マサム、コテツのごはん、どれニャ?」
「まぁまぁ! どこのお家の子かしら?」
食卓によじ登るコテツを見た瞬間、ナツメさんが目を丸くして口を覆う。よほど驚いたのだろう。
てっきり、もう面識があるものとばかり思っていたが、この様子では違うらしい。
これからお世話になる人に対しての不義理を許してはならない。
ボクはキツく当たらない程度に語気を強め、言い聞かせるように『行儀の悪い猫娘』を叱る。
「こら、コテツ、挨拶しなさいって言ったはずでしたが?」
「うニャ!? ぇ、ぅ、ニャ──コテツは、コテツニャ!」
「報告が遅くなってすみません……この子、色々あってしばらくボクが預かろうかと──」
「そうなの、コテツちゃんね。 私はナツメよ、よろしくね。 あと、こちらこそごめんなさい……さっきはちょっとビックリしちゃっただけなの。 マサムちゃんも怒らないであげてね」
ボクに怒られると思っていなかったのか、コテツはビクリと身体を強張らせていた。
ナツメさんはそんな少女を優しく抱きしめ、聖母のように撫でつけることで緊張を解していく。
ボクが初めてコテツとコンタクトを取った時よりも温もりを感じさせる。
流石の母性だ。この荒んだ街でボクやフカク君を真っ直ぐに育ててくれたのは伊達じゃない。
ボクも親代わりになるならば見習わねば、と感心している気持ちをぶち壊すように騒がしい大音量が割り入って来た。
「ちょ、ちょっと、どういうことですの~!? あ、あなた!? 『子犬ちゃん』!! 子供がいましたの!?」
「そんなわけないでしょう……拾ったんですよ。 変な早とちりしないでください」
「なんだ、うるせぇと思ったら、ブルジョワゴリラも来てんのか。 朝から近所迷惑だ、あんま叫ぶんじゃねぇぜ?」
「んまぁ!! あなた達、義姉弟はどうしてそんなにデリカシーがないんですの!! ワタクシ、これでも大和撫子を自負した淑女でしてよ!? 人をゴリラ呼ばわりしないでくださいまし!!」
「淑女は喉が渇いたからってリンゴを握り潰したりしないんですよ……だいたい、どの口がデリカシーを語るんですか……」
一人で盛り上がるG・Gを無視して食卓に着く。
素手で果汁100%ジュースを作っているような蛮族とは関わらない方が良い。
危険な女から離れるて隣にはコテツを座らせた。椅子の座高が足りないので、フカク君のマガジン雑誌を拝借して調節済。
勝手に使うなと愚痴られたが、弟の物は姉の物と決まっている。世の不条理を再確認させてやった。
【チェック:朝ごはん】
消化に良いものとリクエストした通り、食べやすいラインナップだ。
主菜は、白飯にかつお節と味噌汁をかける『ねこまんま』。薬味や小鉢も添えてある。
副菜は謎の肉を丸めた『つみれ』。多分、雑魚のミックスペーストだろう。ミュータントや虫よりは好きだ。
「さて、いただきます────────ごちそうさまでした」
海の近いニューオオエドは魚が豊富で助かる。
内陸の多いアメリカでは、虫を食べざるを得ないと聞くので尚更だ。
もっとも、日本も貧民街ではオキアミペーストかアオミドロブロックがメイン。どこも台所事情は大差ないといえるのだが。
第四章はここで一旦終わりです!楽しい騒がしい日常はお終い!次回は事件の予感!?
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