File:01 正正一(挿絵)
イラスト作成者:DEN助(@Halalaika)様
『タイトルイラスト』
イラスト作成者:(公)@お仕事skeb募集中( @hamu_koutarou )様
『チェック:○○』
本文に出て来る【チェック:○○】とは、主観的に物事を注視したり、物事を想起したりしていることを表しています。
冷たい廊下を叩く足音を止め、ボクは電光掲示板の表示を横目で捉える。
「なんとか間に合いましたね。 高い情報だったんです、ガッカリさせないでくださいよ──」
ネオトーキョー時間の丁度23時00分へ切り替わっていた。行動開始だ。
【チェック:ボクの受けた依頼について】
とある企業を糾弾するのためには決定的な証拠が必要。直接盗み出してほしいとのこと。
報酬は証拠次第、つまりボクの探偵としての目と鼻がコレだと思うモノを選ぶ必要がある。
「元を取り返せないと赤字なんですから」
任務の目標はこの先の部屋。準備段階で目星を付けていた。
そっと防音式の扉を手前に引き、中の様子を耳立てる。
開けるのはほんの少しだけ。まずは音だけが拾える程度で十分。
すぐに状況を確認できるだけの情報量がボクの耳へと飛び込んで来た。
『ピピピ──』
小さなアラーム音が鳴っていたがすぐに消える。同時にカチリとスイッチを押し込んだらしき物音。
警報機かと思い手を止めるが、よくよく聞けばチープ過ぎる音だ。
この特徴的な一連の流れ。きっと目覚まし時計に違いない。
「ん……くぁ、はぁ……眠みぃ。 あれ? なんだ、アイツまた便所で一人遊びかよ。 男二人で缶詰も限界だよなぁ。 あ~あ、たまには帰りてぇ~」
若い男性の声がする。
続けて彼のものらしい、気だるげにキーボードを叩く音が寂しそうに響いてきた。
事前の情報通り、職員は毎日のルーティンで仮眠を取っていたようだ。
コーポでは若いものほど雑に使い潰される。彼が帰れないのも、今日が初めてではないのだろう。
【チェック:男性の呟き】
部屋にはもう一人いたと判明。誰に語るわけでもない独り言から、部屋には二人しかいなかった。
しかし今はもう一人の方が不在らしい。ならば一対一に持ち込める好機。
(一人は隙だらけ、もう一人は退席中──と、ここまでは予定通りですね)
ある程度情報に確証を得られると、もう少し扉を開き片目で覗き込む。
まず目に入ったのは背を向けたまま作業に没頭する男性職員の姿。
ボクの視線を横へ動かすと、今度はマグカップの置いてある空席の机が見えた。
【チェック:残されたマグカップ】
湯気は立っていない。最近淹れたものではないだろう。
飲み口にはコーヒーの跡。乾燥しており、長い間放置されているようだ。
(彼の相棒がしばらく戻っていないのは間違いない……なら、ここが仕掛け時ですね)
トレンチコートの内ポケットに隠してある銃を引き抜くと、扉の隙間からゆっくりと狙いを付ける。
狙いはコーポの新人君の無防備な首筋。
いくら仕立ての良いエリート服だろうと、着ていない部分まで守ってはくれない。
デスクにつっ伏して眠っていた状態であれば狙えなかったが、起き上がった今ならば動かない絶好の的なのである。
このタイミングを狙うためにわざわざ時間を吟味したのだ。ここで外すわけにはいかない。
(当たり所が悪くても、恨まないで下さいよ──)
カシュと、ほとんど聞こえない小さなガス音と共に、2本のワイヤーが飛び出した。
先端の釘のように鋭利で太い針が、風を切って部屋を横切る。
瞬きもしない内に、それらは可哀想な職員の首へと喰らいついた。
「いて!?」
(電極着弾、通電開始──)
「おご、オホッ……!!」
ボクがトリガーをさらに深く引くと、ワイヤーで繋がれた彼の身体がビクビクと痙攣し動きを止める。
そのまま、どこから絞り出したのか分からない奇妙な声をこぼし、バタリと椅子から崩れ落ちてしまった。
心の中で5つ数え、再起の気配が無いことを確認する。もう大丈夫だろう。
手持ちの銃の中から、使い切りの電極を捨て、新しいモノへと差替える。
ワイヤーは自動で巻き戻るのでそのまま放置、後で回収すればいい。
監視カメラの眼を『盗む』していられるのも時間制限があるのだ。手回ししたのは安いプランだ、グズグズしている暇は無い。
「さて、スタンワイヤーガンは意識を奪う程度の威力にしているはずですが……死なれると面倒なんですよね」
消音かつ、低致死性の特殊な射撃武器。ボクが最も手に握る機会の多い得物だ。
電気刺激により筋肉を直接委縮させ、強制的に行動不能にしてやることが出来る。
痛みを感じない麻薬使用者なんかには、下手な実銃より頼りになるのだ。
ただし『非致死性』武器ではない。まれに心臓や肺まで止めてしまうのが難点である。
「呼吸は……ありますね。 では、仮眠の続きをごゆっくり。 最近の若者は働き過ぎです。 目覚ましはキミが止めたので、邪魔者はもういませんよ」
静かになった部屋へと侵入し、コーポの青年の安否を確かめ終える。
怪しいイビキをかいていれば黙らせるのも考えたが、案外と素直に寝る青年らしい。
これで一先ずの障害は乗り越えた。あとは目的のブロックへ押し入るだけ。
「情報では、入って左手の扉の先。 そこに──」
入って来た防音扉とは異なり、そこにあったのは重苦しい厚みを感じさせる鉄扉。
すぐ横の壁には、特別実験室と記されたプレートが掛かっているので、間違いないだろう。
迷うことなく扉へ向かうと、ずっしりとしたノブに手を伸ばす。
だがそこで背後から水の流れる音、そして男の叫び声が上がってしまう。
「ふぅ、射したぜっと……どぁ!? 誰だテメェ、どこのニンジャだ!? 手を挙げろ!!」
ボクは右手に握っていたスタンワイヤーガンを構えて応戦しようとしたが遅かった。
気が付いた時には既に、背後から安全装置を外すカチリという音が耳へ届いている。
コーポならば護身用の自動追尾銃くらいを支給されているだろう。
それを肯定するように、ピッと獲物をロックする可愛らしい電子音が鳴っていた。
【チェック:背後の電子音】
このふざけたロック音はカミワザ社製の普及の名作、カミワザメイカーで間違いない。
5~30m以内の標的への命中率99%をメーカー保証されていることで有名だ。
(カミワザメイカーですか……なら、多少ここから足掻いても徒労でしょうね)
あれから打ち出されたマイクロミサイルによる曲射は、どんな下手くそでもボクの頭を撃ち抜けるはずなのだから。
「分かりました──降参ですよ、この通り。 流石はミュータンテック社ともなると、平職員にもカミワザの上モノを支給されているのですね」
「お、『女』!? その声、てめぇ女か!? へへ、気が変わったぜ。 そのまま手を挙げた姿勢で、ゆっくりとこっちに振り向きな」
「はぁ……これで満足ですか」
最初こそ上擦っていた男の声は、すぐに下卑たものへ変わっていく。
ここからでも独特のイカ臭いものが鼻につくので、男の狙いがなんであるかは目にしなくとも明らかだ。
だからこそ、それならばすぐには殺されまい。そう考え、嫌々ながらも指示へ従う。
「おほ! なかなか……いや、最高に良い身体してんじゃん!! ラッキー!! コッチはデスマで溜まってたんだぜぇ、こりゃ堪んねぇ~!!」
「おや、スッキリしたばかりじゃなかったんですか?」
「うるっせぇな! 喋るんじゃねぇ!! その銃も捨てろ!!」
余計な言葉が気に障ったらしい。ボクを見る目に怒りが混じる。
銃を突き付けているという有利な状況も、彼の気を大きくしている要因なのだろう。
仕方なく、トリガーから指を放したのをしっかりと見せてから、手首をスナップさせて放り投げる。
ボクのスタンワイヤーガンは彼の同僚の近くへと落ちた。嫌でも相棒の悲惨な姿を目撃するはず。
それで動揺を誘うつもりだった。
しかし、銃を突きつける男は、床になど一切眼もくれない。
目に宿していた怒りは消えており、そのぶんだけ色欲一色に染まった瞳でジロジロとボクを値踏みし始めた。
薄々分かってはいたが、とんでもなく薄情で最低な男である。
「チッ、良い女だと思ったのに、よく見りゃ顔は作りもんかよ。 古臭ぇモデルだが娼婦街で見たことあるな、出来は良いけど萎えるぜ……」
「古美術と呼んでほしいですね。 いつの時代だろうと、綺麗な物は綺麗なんですから」
「喋んなっつったよなぁ!? 次、口開けたらよぉ、俺のブツの前に、この弾丸をブチ込むぞクソアマぁ!!」
「…………」
どうやら、ボクを値踏みする品評会を邪魔されたくないようだ。よほど一人遊びが好きらしい。
少しくらい話し合いへ持っていければ楽だったのだが、仕方がない。
これ以上刺激しても効果は薄いと判断し、キュッと口を結んで彼のお遊びに付き合うことにする。
「へっ、そうそう。 女は従順なのが一番だぜ。 いやぁ、しかし身体はマジで涎が出るな。 市販に出てる成形どもとは全然違う、絶対に生身だぜコイツ!」
よほど夜の街で遊び慣れているらしい。
触って確かめたわけでもないのに、ボクの身体を見抜いて来た。
馬鹿だがここに腐らせておくには惜しい観察眼といえる。
これでもう少し理性があればと残念でならない。
なんてことを考えていると、男はじっくりと舐め回すようにボクの胸、くびれ、股と視線を下げていく。
「くぅ~イイねぇ──」
やがて視線は、丈の短い股上コートによって作られた絶対領域へと到達。
そこで瞳孔を開き、ギョッとしたように一点を見つめて離さなくなってしまう。
「げっ!? そ、その入れ墨……正の字二つに一文字……!!!」
彼はボクの右太腿の付け根、そこに刻まれた印を見て驚いていた。
ボクのトレードマーク兼、名刺代わり。このネオトーキョーで知らない者はいないだろうこの証。
「最近、俺達コーポを嗅ぎまわってるとかいう探偵──『マサム』ってのは、テメェのことだったのかよ!!」
(ご名答、少しは理性が残っていたようですね)
声を出す代わりに、ウィンクひとつで返事をかえす。
日本式の数え文字で11を示す正正一、それを正と正一に分けてマサム。これがボクの名前だ。
もっとも、この街ネオトーキョーでは、もう一つ別の名前があるのだが。