File:14 命名『コテツ』
ニュースに耳を傾け情勢を確認しながら、ボクも少しだけおでんをつまむ。
やがてアオビー君の瞳に生気が戻ると、驚いたようにポカンと口を開けながらこちらへ振り返った。
「だ、弾丸を──生身で捌けるんスか!? おまけにとんでもない怪力……!! 筋肉が全て鋼鉄で出来てるんじゃないスか!? なんなんス、この子供ッ!!」
「だから言ったでしょう」
「けっふ……んニャ?」
ようやく満足したのか、すっかり空になった深皿を押しのけ、猫耳娘が不思議そうに顔を上げる。
無邪気で健気なその顔は、とてもあの死地を生き抜いたとは思えないのだ。彼の反応も当然だろう。
「こりゃ、あれスね。 クロオビが鋼鉄の外装なら、このちびっ子は鋼鉄の内装──通り名は『鋼鉄人』で決まりス!!」
「却下」
「なぁんでスかぁ……『鉄腕探偵』の姐さんの相棒にピッタリじゃないスか」
「嫌ですよ、そんな可愛げのない呼び名。 この子、女の子なんですから。 男子脳で変な名前つけないでください」
「ニャ、名前……付ける! 約束!」
突然、猫耳娘が大きな声で騒ぎ立てる。
【チェック:猫耳娘】
彼女は目をキラキラと輝かせ、何かを期待するような純真で眩しい笑顔を浮かべていた。
子供特有の『おねだり』というやつか。直視するとクラクラくるものがある。
あまり観察するのは危険だ。
「え──あぁ、そうでしたね。 確かに名前を付ける約束をしていましたか」
ボクらしくもなく、言葉に詰まってしまう。しかし、それを隣の青年に悟られると面倒なので、すぐに取り繕って話を合わせた。
思い返せば、実験室から連れ出す際に、その場の方便で口約束をしていたはず。
だがまさか本当に名付けることになるとは考えてもいなかったのだ。これといった候補はまったく無い。
かといって急に思い浮かぶわけでもなく、どうしたものかと悩ましい。
「ニャ! ニャ! マサム! 名前! 名前!」
「へぇ~、マサム姐さんにも優しい所があったんスね。 あ! もし浮ばないなら、さっきオレが考えた鋼鉄──」
「それだけはナシです」
「やっぱり優しくないス……」
渋ってはいるが、これから共に行動するならば確かに呼称は必要だ。
名前のまだ無いこの猫娘に、一時的なものとはいえ何か適当に名付けなければ。
どうせならば短く呼びやすいモノが良い。子供でも覚えやすいようなモノだ。
「しかし、いきなり名前と言われてもですね……鋼鉄……こうてつ……では『コテツ』にしましょう」
「コテツ! これ、好き! コテツは、今日からコテツニャ!」
「えぇ……姐さん、それオレのパクリな上に、たいしてネーミングセンス変わらないじゃないスか」
「うるさいですね。 本人が気に入っているんですから、文句ないでしょう」
「散々、人のことは言っておいて理不尽ス……」
恐らく、この少女はボクがどんな名前を提示したとしても首を縦に振るだろう。
彼女に新しい世界を与え、未知を教え、親しく接してくれるボクに対し──全幅の信頼を抱いているようだからだ。
きっとそれは、ボクが『先生』に感じた『家族愛』のそれと同じなのだと思う。
孤独のまま生きる中で差し伸べられた手の温もり。似たような境遇を経験しているからこそ、コテツの心情を親身に感じ取れた。
「ともかく、これでアオビー君もこの子の異様さを信じましたね? 上への報告、期待していますから。 ヨサクさん、オアイソ」
「ウ、ウス──」
「オッケーヨ。 会計はコイツ持ちだからヨ。 それとコレ持ってけヨ」
会話を邪魔することなく仕込みをしていた寡黙な店主は、カウンターにゴトリと重量感のある音を立てて缶詰を置く。
【チェック:缶詰】
自販機に並んでいる小さなタイプではなく、ビールジョッキくらいはあるだろうか。
表面には『桜出飲』と印字されている。古式ゆかしい『おでん缶』だ。
風味を落とすことなく店の味を閉じ込めることが出来るという、職人気質らしいこだわりが見て取れる。
「いいんですか?」
「オジョーちゃん、メチャ食べてくれたらヨ。 ミンナニハ、ナイショダヨ」
「え~! 大将、オレも欲しいス!!」
「オマエはダメだヨ」
「これ、何ニャ?」
「さっきのおでんですよ。 お腹が空いたら、また食べましょうか」
「ニャ! おでん! コテツ、おでん好き!」
ヨサクの差し入れはコテツの心を鷲掴みにしたらしい。
ボクの膝からひょいと飛び降りると、カウンターの缶詰を持ち上げて駆け回る。
「それではこれで──あぁ、そうそう。 アオビー君、ミュータンテック社の後始末は任せましたよ。 映像で確認済みだとは思いますが、一人、殺りましたので」
「いつものスね、了解ス。 どうせ共通規格の銃痕なんて証拠にならないスから、簡単なもんスよ」
「向こう側でカバーストーリーも敷いているみたいですし──『死傷者が出ていない』ことになっていますから、うやむやに出来るでしょうね。 こんな仕事で賞金首になるなんてのは御免です」
「姐さん、そういうところチャッカリしてるスよねぇ」
「『しっかり』しているんです。 キミもボクへ依頼する悪徳警官のくせによく言いますよ、まったく」
「へへ。 こうでもしなきゃ、青帯の卒業なんて夢のまた夢スから。 報告の結果が出たら、事務所の方へ顔出すスよ」
はしゃぎ周るコテツの首根っこを掴むと、ボクは席を立って暖簾をくぐる。
熱の籠っていた中とは段違いに冷たい空気が肌を撫でた。
せっかく温まった身体を冷ますのかと、バイクを走らせるのが少し億劫になってしまう。
そんなことを思っていると、暖簾越しに青年の声が響く。
「マサムの姐さん──帰り道には気を付けるスよ。 超巨大企業が内々で処理することを決めたんスよね? だったら、最悪の場合はニンジャが出て来る可能性だってあるんスから」
「まさか──ありえませんよ。 ニンジャを表舞台に出すような企業なんて、どこにもいません。 自社の企業秘密を詰め込んだ歩く『情報源』なんですから」
「そうスか……なぁんか、胸騒ぎがするんスよね」
「それは酒の飲み過ぎによる胸焼けでしょう」
「返す言葉もないス」
彼には冗談を返したが、その忠告は的を得ていたとボクも感じている。
企業秘密といえば、この猫耳娘こと『コテツ』も最たる例なのだ。むざむざ表に逃すつもりはないはず。
スモッグの影響で一時的に追跡を振り切ったにすぎず、近いうちに第二波が押し寄せることは想像に難くない。
しかし、そこはボクが引き受けた仕事分の領域。彼を巻き込むつもりはない。
残った報酬を取り付けるという、大事な仕事が彼には残っているのだから。
「ピプ、ピプ──起動シマス」
すっかりオンボロになってしまった電動一輪車『マイマ-11』を叩き起こした。
たまには気の利いた返事をしてほしいものだ。『人』と話した後は、余計にそう感じてしまう。
「ピプ、ピプ──オ帰リナサイ、今日モ安全運転デ行キマショウ」
「事故車がよく言えたものですね、皮肉ですか」
けれど中に内蔵された簡易思考は、決まりきったツマラナイ応答を独り言のように発していた。
「リアボックスは……開きませんね。 どうせ穴だらけで荷物を入れても落としそうですが──コテツ、おでん缶はキミが持っておいで」
「ニャ! コテツ、おでん、守る!」
シートに腰を預けると、何も言わずとも当然のようにコテツが跨ってきた。すっかり定位置である。
その胸の中に埋まる少女はというと、お土産に頬擦りして大そうゴキゲンな様子。
運転中に大人しくなるなら良い手土産だ。やはりあの店主は気を利かせるのが上手い。
【チェック:コテツ】
相当たらふく食べていたらしく、以前よりもズッシリとした重みを感じさせた。
この子がこのまま成長したら、流石にボクの脚も悲鳴を上げそうである。
リアボックスに乗りこめるよう、マイマイを改造することも視野にいれよう。どうせ全改修するのだから。
気が付いたことを頭の隅に置き、バイクの青図を描きながら夜道を走らせていくのであった。
第二章はここで一旦終わりです!次回からはなんだか不穏な雰囲気が!?応援お願いします!!
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