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ぼくの ともだちは かぐやひめ

作者: 竹春 雪華

 ぼくの名前は かみや こうせい。

 ぼくはずっと、弱くて泣き虫で、小学校ではいつも独りぼっち。

 でも、ぼくはさびしくないんだ。

 だってぼくには、かぐやひめがいるから


 おべんとう、すいとう、そして二本のなわとびを持って、ぼくは近所にある竹林へあそびに行きます。たいようさんはキラキラと光っていて、かぜさんはびゅうっと吹きました。竹林の中に入ると、その女の子は先に来ていたようです。

「こうせいくん! 早く一緒に遊ぼう!」

 この子はぼくの友達、かぐや姫ちゃんです。かぐや姫ちゃんは、私は月からやってきたお姫様だと言いました。月とここでは色んな事が違っているらしくて、ぼくはここでの遊びを毎日、かぐや姫ちゃんに教えています。

「今日はなわとびをやりたいなって思って」

 ぼくは一本のなわとびを、かぐや姫ちゃんに渡します。

「なわとび? 何それ」

「なわとびっていうのはね、こうやって……手で回してとぶ遊びだよ」

 ぼくは1回とんでみせました。するとかぐや姫ちゃんは目をかがやかせて言いました。

「月はここよりもふわふわしていたから、こんな遊びはなかったわ」

 かぐや姫ちゃんはなわを回すと、ぴょんっととびました。それからもよどみなく、僕よりも上手にぴょんぴょんっと とびます。

 ぼくももう一度やってみると、なわが足に引っかかって転んでしまいました。おでこが痛くて、ポロポロと涙をこぼしてしまいます。

 そんなぼくを見てかぐや姫ちゃんは、僕のおでこに手をあてます。

「いたいの、いたいの、月までとんでいけー!」

 かぐや姫ちゃんがそのじゅもんを唱えると、痛かったのがたちまちなくなります。

「すごい! いたいのなくなった!」

「でしょ? これが月の力だよ!」

 かぐや姫ちゃんはとても得意げな顔になりました。それからぼく達は、ぴょんぴょんっと、なわとびで遊びました。


 いっぱい遊んで、ぼくはおなかがすきました。ぼくはお弁当を持ってきているけれど、かぐや姫ちゃんは何も食べる物を持っていませんでした。

「かぐや姫ちゃんは、ごはん食べなくていいの?」

 かぐや姫ちゃんは、ふんっと笑いました。

「私はかぐや姫だから、何も食べなくても大丈夫なんだよ! 月にすんでいるみんなは、ふつう何も食べないんだよ。でも、あまいものがほしくなったら、チョコとかクッキーとかは食べるけどね」

 すると、かぐや姫ちゃんのおなかから、ぐうっと、音がなりました。

「おなか、ほんとうに空いてないの?」

 かぐや姫ちゃんはプルプルとふるえて、顔がまっかになりました。ぼくは慌てて、おにぎりを差し出します。

「ぼくのおにぎり、食べる?」

 かぐや姫ちゃんはぼくとは違う方向を見ながら、声を張り上げるように言いました

「でも、おいしい物を食べてはいけないというわけではないの。こうせいくんのおにぎりおいしそうだから、食べたくなっちゃった」

 かぐや姫ちゃんはおにぎりを受け取ると、大きくほおばりました。ぼくがどきどきしながら見ていると、かぐや姫ちゃんは満足そうな笑顔を見せました。ぼくはほっとしました。


 ぼくが家に帰ると、お母さんはまだ帰ってきてませんでした。いつものことなので、ぼくはテレビでアニメを見たり、絵を描いたりしていました。

「ただいま~」

「お母さん、おかえりなさ~い」

 重そうな買い物袋は床に置かれて、中に入っていた食べ物はどんどん冷蔵庫の中へ集合していきます。すると、お母さんはぼくの目をまっすぐ見て、ほほえみます。

「晃生。まだ……学校に行くの、怖い?」

 僕は喉が詰まったようでした。肩が上がり、顔は下を向いてしまいます。

「……うん」

 僕はそれしか言えませんでした。お母さんは「そっか……学校に行きたくなったら、いつでも言ってね」と優しく言いました。学校に行きたくなるなんてことは起こりません。だって、ごうた君達がこわいから。

 僕は弱くて、いつもごうた君達にいじわるされます。

 いつも叩かれたりけられたりして、怖くて、仕方ない。

 だから僕は、学校に行きたくなくなった。……お母さんにこのことを言ったら、「学校に行かなくてもいいよ」と、言ってくれました。

 それで僕は、小学校に行っていない。

 それからお母さんは、毎日小学校に行っている。

『ごうた君達とお話してくるからね』

 お母さんはそう言っていたけど、大丈夫かな。僕のせいで、お母さんが痛い目にあっていたら、嫌だな。

 僕がそう心配していると、お母さんが明るい声で言いました。

「晃生、そのかぐや姫ちゃんとおうちで遊んだらどう? おうちだったらトランプもボードゲームもあるし、お菓子もいっぱい出せるよ」

 僕は胸が弾みました。

「いいの? お母さん」

「うん。だって、晃生と楽しく遊んでるかぐや姫ちゃんに、お母さんも会いたいし」

 お母さんはにっこりと笑いました。

「明日はお客さんが来るから無理だけど、明後日ならお母さんも仕事休みだから、家で遊んでいいよ」

 僕は目をキラキラとさせていました。ともだちと家で遊ぶのは、初めてのことだったからです。


 次の日、竹林に行ってさっそくかぐや姫ちゃんをさそいます。

「明日、僕の家で遊ばない? きっと月には無い遊びがたくさんあると思うんだっ」

 僕はワクワクしながらかぐや姫ちゃんを見ました。

 しかし、何故かかぐや姫ちゃんは全く嬉しくなさそうです。口はかたく閉じていて、目は下の方を向いています。

「どうしたの? かぐや姫ちゃん」

 僕がおろおろしていると、かぐや姫ちゃんはキッパリとした声で答えます。

「それじゃあ、ツバメの子安貝を持ってきて。持ってきてくれたら、こうせいくんの家に行ってあげる」

 僕は首をかしげました。初めて聞く言葉なので、どんなものなのか分からないのです。

「こやすがい……? それってなあに?」

「ツバメの巣にある貝だよ。形がかわいいからほしいの」

 すました顔で言いながら、長い髪の毛をくるくるします。

「それが無いと、なんで来てくれないの?」

 すると、突然かぐや姫ちゃんはムスッとします。

「なんでもいいでしょ! とりあえず、来てほしかったら子安貝を持ってきて!」

 そう言って、かぐや姫ちゃんは走って帰ってしまいました。今日はまだ、何も遊んでいないというのに。


 僕は仕方なく家に帰ると、お母さんにツバメの子安貝について訊きました。すると、お母さんは悲しそうな顔をします。

「ツバメの子安貝かぁ……それは難しいなぁ。今ツバメさんは巣作りをしていないから、手に入れる事は出来ないかな」

 僕がしょんぼりしていると、お母さんが優しい声で言います。

「かぐや姫ちゃんには、「ごめんね。手に入らなかったんだ」って言ったらいいよ」


 竹林でかぐや姫ちゃんに子安貝の事を言うと、かぐや姫ちゃんは怒っているような悲しんでいるような顔になりました。

「それじゃあ、こうせいくんの家には行けないよ。私、かぐや姫だから」

 かぐや姫ちゃんは右手で長い髪をかきあげます。そのとき、かぐや姫ちゃんの右腕に、赤い傷があるのを見つけました

「腕の所、ケガしてる?」

 僕がそう言うと、かぐや姫ちゃんはあわてて右腕を隠します。

「ケガしてない! なんでもないの!」

「ケガしてるなら、ばんそうこ貼らないと、バイキンが入っちゃうよ」

 僕がかぐや姫ちゃんに近づこうとすると、かぐや姫ちゃんは後ずさりします。

「やめて、こっちに来ないで!」

 かぐや姫ちゃんはそう叫び、竹林の中へ走っていきました。僕は追いかけようとしましたが、とちゅうで転んでしまい、見失ってしまいました。


 次の日、かぐや姫ちゃんは竹林に来ませんでした。

 次の日も、かぐや姫ちゃんは竹林に来ませんでした。

 次の日も、次の日も、次の日も……かぐや姫ちゃんは、来ませんでした。



 僕は半分あきらめた気持ちで、今日も竹林に行きました。すると、そこにはただ立ち尽くしている、かぐや姫ちゃんがいました。

 僕はびっくりして、でも嬉しくて、かぐや姫ちゃんの所へかけ寄りました。

 しかし、僕が声をかけても、振り返ってはくれません。かぐや姫ちゃんは、一人でに話し始めます。

「私、明日お引越しするの」

「お引っ越し? もしかして……月に帰っちゃうの?」

 僕の声はもう泣きそうでした。しかしかぐや姫ちゃんは、そんな僕に畳みかけるように言いました。

「ううん、月には行かないよ。……月になんて、行けないし」

 かぐや姫ちゃんは、ゆっくりと振り返る。

「私ね、本当は、かぐや姫じゃないんだ」

 冷たい声だった。まるで、僕の全てを凍らすんじゃないかと思うほど、感情が無く寒々しかった。

「私の本当の名前は『美月(みつき)』。私はただ、かぐや姫のフリをしていただけ。おじさんからもらった絵本に、かぐや姫が出てきたの。そのかぐや姫の生活が、とても羨ましかった。おじいさんとおばあさんはとても優しいし、美味しいものもたくさん食べれる」

 かぐや姫ちゃんは溜め息を吐く。

「私はかぐや姫と違って、お父さんには叩かれるし、お母さんには無視されるし、ご飯もたまにしかくれない。学校にも行けない」

 信じられなかった、そんな事をする親がいるなんて。僕にとってお父さんとお母さんは、僕の絶対的な味方だったから。

「こうせいくんと遊んでる時が、私の唯一の楽しい時間だったの。ありがとう。でも、お引越しするからもう会えないね」

 かぐや姫ちゃんは「ばいばい」と言って、帰ろうとします。僕は思わず「待って!」と呼びとめました。かぐや姫ちゃんは依然として冷たい目のままです。

「本当に、ばいばいなの? もう、会えないの?」

 かぐや姫ちゃんは少し迷って、ポケットから何かを取り出しました。そしてそれを僕に渡します。それは、月の飾りがついたネックレスでした。ところどころボコボコとしています。

「そのネックレスをずっと持っていたら、また一緒に遊んであげる。無くさず、ずっと持っていたらね」

 変わらず冷たい声でしたが、どこか柔らかくなったように感じました。僕はそのネックレスをぎゅっと握って、「ちょっと待ってて!」と言います。

 僕は大急ぎで家に戻りました。そして使っていないランドセルから、赤いお守りを外します。これは、僕が入学する時にお母さんからもらったものです。

 竹林に戻ると、まだかぐや姫ちゃんはそこにいてくれていました。僕はお守りをかぐや姫ちゃんに渡します。

「このお守り、ずっと持ってて! 悪いものから守ってくれるから!」

 僕は右腕のケガの事を思い出していました。僕はかぐや姫ちゃんの事を守れないかもしれないけど、このお守りは、きっとかぐや姫ちゃんの助けになります。

 かぐや姫ちゃんは呆然としていましたが、ちゃんと受け取ってくれました。

 僕は小指を差し出します。怖くて、手も声も震えていました。

「ゆびきりしよう! また一緒に会って、遊ぼうっていう約束!」

 かぐや姫ちゃんは、まだ疑っているような顔をしていましたが、小指は出してくれました。

「ゆーびきーりげーんまーん うーそつーいたーらはーりせんぼんのーばす、ゆびきった!」


 そしてかぐや姫ちゃんは、竹林の中へ消えていってしまいました。




 今日のクラスメート達は、何かと騒がしい。前宇津高校の一年二組の教室、いつもの朝なら学校ダルいとか課題やってねーとかいうやる気の無い声だけが聞こえてくるというのに、今日はなんだかちょっとしたお祭り騒ぎだ。僕は数人の友人と挨拶を交わし、自分の席に着く。周りの空気とは裏腹に、僕は溜め息を吐く。

 僕はかぐや……美月ちゃんとお別れしてから、小学校に行けるようになった。ポケットにこのネックレスを入れていると、剛太にも怖がらずに立ち向かえたのだ。当時の僕はまだ、美月ちゃんのネックレスには月の力があるからだと思い込んでいた。そんな訳無いのに。

 僕はもう一度、月のネックレスを見る。中学生ぐらいになってから、このボコボコは『クレーター』という名前である事を知った。今になってもまだこれを持っている僕は、未練たらしい男だろうか。でも、持っていなければいけないと思った。ずっと持っていたいと、思ってしまっている。

 しばらくすると、気だるげな担任が入ってきた。

「お前ら~、早く席に着けよ。今日は転校生を紹介するぞ」

 あぁ、みんなが盛り上がっていたのはこのせいだったのか。ようやく合点がいく。

「ほら朝比奈(あさひな)、入ってこい」

 入ってきた子は……女の子だった。長い黒髪に、りんとした顔つき。それは、長年待ち焦がれていた少女の顔に、よく似ていた。

「朝比奈 美月です。よろしく……」

 その女の子は、こちらに気付くとぱぁっと笑顔になる。

晃生(こうせい)くん!」

 やっぱり。

「かぐや姫ちゃ……」

 思わず言いかけて、口をつぐむ。クラスメート達はなんだなんだとザワザワしている。

「美月、ちゃん?」

 美月ちゃんは持っていたカバンをゴソゴソと探る。そして取り出したのは、あの日、かぐや姫ちゃんに渡した赤いお守りだった。

 美月ちゃんがニマリと笑う。信じられない事に呆然としていた僕ははっと我に返ると、急いでポケットに手を突っ込む。そして、綺麗に輝く月のネックレスを取り出した。

 目の前にある美しい顔は、くしゃっと笑い、涙が一滴頬を滑った。


 夕暮れが、僕達の再会を祝うように辺りをオレンジ色に照らしている。学校の近くにある公園のブランコに、二人で並んで座る。月にブランコはあるのだろうかと、くだらない事を考えたりもする。おもむろに、美月ちゃんは話し始めた。

「私、あの時本当は疑ってたの。本当に晃生くんは、会いたいって思っているのか、約束を守ってくれるのか」

 僕は俯いた。

「それだけ、僕は頼りなかったんだよね。昔は、小学校にも行けなかったぐらいだったし」

 僕が自嘲すると、「違うよ!」と美月ちゃんは強く否定する。

「私って小さい時から、大人に裏切られ続けてきたの。今だったら異常だって分かるけど、当時は分からなかったんだよね。これが、普通だって思ってた」

 突然小学校に通わせてくれなくなったこと、ご飯を用意してくれなかったこと、家で会ったら無視されるか殴られるかのどっちかだった事を、ぽつりぽつりとこぼすように話す。

「人を信じるって事が分からなくて、かぐや姫でいないと元気になれなくて、何もかもが怖くて……だから、晃生くんにあんな試す事をやっちゃった」

 ごめんねと美月ちゃんは謝るが、僕は気にしないでと答える。そもそもこの事で怒っているわけがない。

「引っ越してから一か月後ぐらいに、近所の人が虐待を疑って通報してくれたの。それであの二人は捕まった……のかな。詳しくは知らないけど、とりあえず私のそばから離れてくれた。私にとっては、もうそれで充分なの」

 憂いを帯びた目から一変し、喜びに満ちた目で僕を見る。

「だからね、今は叔父さんと叔母さんの所で暮らしてるの。あのかぐや姫の絵本をくれた人達だよ」

 美月ちゃんは弾んだ声を出す。

「その人は……良い人達?」

 僕は恐る恐る訊く。すると美月ちゃんは、満面の笑みを浮かべた。

「うんっ! すっごく良い人! とっても優しくてね、晃生くんに自慢したいぐらい!」

 その言葉を聞いて、僕はやっと心からほっとした。まだあの親と一緒に、または別の悪い大人達に暴力を振るわれていたらどうしようと心配だったのだ。

 すると美月ちゃんは、恥ずかしそうにお守りを取り出した。

「晃生くんがくれた、このお守りのおかげかも」

 美月ちゃんはお守りを優しく握ると、僕の方に顔を向ける。

「ありがとう。このお守り、晃生くんに返すね」

 伸ばされた腕を、そのまま押し返す。美月ちゃんは予想していなかったのか、不思議そうな顔をする。

「ううん、それは美月ちゃんが持ってて。その代わり……」

 僕は月のネックレスを、太陽にかざす。

「このネックレス、僕が持っててもいいかな」

 月の力とか、かぐや姫である事とかを信じなくなってからも、なんだかんだいって緊張した時はいつもこの小さな月を見て安心していた。僕にはまだ、この不思議な力が必要なのかもしれない。

「このネックレスを持っていると、美月ちゃんに守られているような気がするんだ。そのお守りも、また美月ちゃんの事を守るかもしれない。だから、持っていてほしいんだ」

 そういうと、美月ちゃんの顔はほんのり赤くなる。何かをごまかすように、美月ちゃんは明るい声を出す。

「それじゃあゆびきりしよ! ずっと持っとくっていう、約束。どっかに無くしたりしたら、月に帰っちゃうからね!」

 強がった態度が、僕には可愛らしく映った。僕達は小指を絡める。あの時と、同じように。

「ゆーびきーりげーんまーん うーそつーいたーらはーりせんぼんのーばす、ゆびきった!」

 指を離すと、どちらからかともなくえへへと笑いだす。

 僕達は照れくさくなりながらも、笑顔でお互いを見つめていた。

この話はフィクションです。

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