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女性将校と副将軍


 * * *


 足早に、しかし音を立てることなかったアンの歩みがピタリと止まる。

 そして、慌てて気配を消し、その身を渡り廊下の扉の影に隠す。


「うぅ、まさか、ここでハイエル卿に出会ってしまうなんて」


 もう少し気持ちを整理する時間が必要だった、そうアンは思う。

 いや、それは言い訳だろう。なぜなら、運命のあの日に、ディグノの気持ちを聞いてしまってから、そして長老様から揶揄われるように訪れるはずだった運命を聞いてから、もうずいぶん時は経っているのだから。


「……でも」


 それでも、このまま気がつかれることなくやり過ごしたいというのが本音だ。

 そう、気配を消していれば、気がつかれずにいられるはずなのだから。


 けれど、その願いもむなしく、鍛えても筋肉がつきにくいことが悩みの薄い肩がポンポンッと軽い力で叩かれる。


「……ハイエル殿」


 顔を上げた先には、淡い茶色の癖が強い髪、青い瞳の副将軍が、いつものように眉を寄せていた。


「そんなに露骨に避けられると、傷つく」

「避けてなんて……」


 気配を消しておいて、今さらだと思いながら、アンは悪あがきをする。

 そして、まだ鉄くさいその香りに気がついてしまう。


 浮かぶのは、アンをかばって笑ったあの顔だ。

 そして本当は、終わりを迎えるはずだったという、二人の運命だ。


「……それはそれで、幸せだったのかもしれませんね」

「何の話だ?」


 気配を消すのをやめて、アンはディグノにすがりついた。

 珍しくあらわにした、いつでも冷静な副将軍の動揺する様に少しだけ溜飲を下げ、微笑む。

 厚い胸板につけた耳に、速まってしまった鼓動が響きわたる。


「いえ、私の鼓動なのかも」


 いつでも冷静に行動できるように、幼い頃から過酷な訓練を受けさせられてきたアン。

 こんな風に、心臓が高鳴る体験なんて、したことがない。


「ルティルト少将、お前らしくもない。何かあったのか?」

「ディグノ様」

「え……?」


 呆然と見開かれた青い瞳には、淡い水色の髪を高く結ったアンの姿が映り込んでいる。


「ふふ。ライナス様のお屋敷では、私は侍女をしております。ですから、この場所でだけは、どうかアンと呼んで下さい」

「本当、に?」

「それから、シルビア様の元に行って、魔法薬を出していただいたほうがよいですよ?」


 その春の日差しのような微笑みは、無表情なことが多いアンにしては珍しい。

 二人の距離は確かに近づいていく。もちろんその先に、幸せな未来はまだ確約されていない。

 それでも、確かに何かが変わりつつある。


「アン……」


 呆然と呟いたディグノが、シルビアの特別製の魔法薬に眉間のしわを深し、アンが聞いたのと同じ話を聞いて無骨な手のひらで口元を覆うのは、この直後のことだった。

本編を書いていたのですが、アンとディグノの閑話をどうしても書きたくなって……。

次回は、本編を更新します。

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