聖女、契約妻を拝命する 5
***
注目を一身に浴びる経験など、シルビアにはない。
むしろ、見ないようにする人たちと、暴力を振るってくる人たちしか彼女の周りにはいなかった。
唯一の例外、長老様を除いて……。
だから、こんなに注目を浴びるとすくんでしまいそうになる。
「……でも、私はライナス様の妻」
「そうだ、お前は俺の妻になった。堂々としていろ」
「はい、ライナス様」
まっすぐに顔を上げたシルビアは、しかしあることに気がつく。
「怪我をしている人が、多くありませんか」
「ああ、そうだな。負傷した兵が、ようやく合流したからだろう」
「そうですか……」
すでに、シルビアを偽聖女と断定した王国は、ライナスが率いるローランド王国軍に制圧されている。
まだ、そのことをシルビアは知らない、と言うよりも、王国と神殿に幼い頃に聖女として選ばれ、それでいて偽物と言われて地下で暮らしていたシルビアには、長老様が教えてくれたことしか分からない。
かつて、大聖女と呼ばれていたらしい、長老様が教えてくれたことが、シルビアの全てだ。
「ちょっと、行ってきます」
「あ、おい!」
負傷者を前に、急に周囲の視線が気にならなくなったのか、シルビアは駆けだしてその列に飛び込んでいった。
そして、振り返り満面の笑顔でライナスに告げた。
「ライナス様、走りやすいし足が痛くないです! 私の魔法は、恩返しになるでしょうか」
ライナスは、自分の立場も忘れて、「無理をするな!」と叫びそうになった。
しかし、オレンジ色の光は、ライナスの制止より前に、周囲を明るく照らしながら包み込む。
「無茶をする……」
光が止んだ途端に、ライナスはシルビアのそばに駆け寄って、抱き上げた。
ぐったりとしたその体は、毎日食事をたくさん食べさせていても、あいかわらず細くて軽い。
そのことに、なぜかライナスは、ひどく傷ついた気分になった。
「……どうですか? 皆さん元気になりましたか?」
「ああ。すっかり元気になって、松葉杖を投げ捨てて飛び回っている」
「そうですか。役に立てました?」
「ああ……。だが、今後俺の許しなく、回復魔法を行使するのは許さない」
魔法を使いすぎてしまったせいで、ぼんやりとしながら、なぜか眉を寄せたライナスにシルビアは手を差し伸べ、その頬を撫でた。
喜んでもらおうと思ったのに、どうしてライナスは、どこか苦しそうなのか、と不思議に思いながら。
「――――どうして?」
「お前は俺の妻だ。そんな風に、倒れるほど力を使うなんて許さない」
「そっかぁ、へへ……。優しいのですね」
「な、そんなわけ……。はぁ、寝てしまったのか」
ライナスと出会いシルビアが魔力を使い果たすのは、すでに二度目だ。
いつの間にか、そんなシルビアのことが気になって仕方ない。
だが、この感情が同情なのか、ほかの何かなのか、ライナスには分からなかった。
「……少なくとも、知らない感情だ」
聖女を利用すると決めていたはずのライナスは、すでに揺らいでいる自分の気持ちをもてあました。
共に戦った部下たちがこちらに駆け寄ろうとするのをなぜ威嚇しているのか、自分でも理解に苦しみながら。
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。