狼閣下と聖女 6
* * *
その頃、シルビアは中央神殿の祈りの間に通されていた。
周囲を神官に取り囲まれている。そして真横には護衛として着いてきたアンがいる。
シルビアは、口を開いた。
「全員下がりなさい」
「えっ」
困惑したような声は、護衛をしていたアンから漏れた。決して離れないように、ライナスに命を受けているのだろう。
後でお叱りを受けるのではないかと、とても申し訳なく思いながらも、シルビアは「下がりなさい」と有無を言わせぬ響きの口調を重ねた。
神殿内においては、王であろうと聖女の言葉に従うのが、この大陸の不文律だ。
いや、一部地域において例外はあるが、少なくともローランド王国では、それが適用される。
「かしこまりました……。扉の前に控えていることは、お許し頂けますか?」
「ありがとうございます」
神官たちが退室し、最後に残ったアンに、シルビアはいつもの穏やかで優しい笑顔を向ける。
「……では、失礼致します。一時間経っても出てこなければ、確認に入りますからね?」
「出来るだけ早くします。……気になることもあるので」
「約束していただけますか?」
「ええ、約束します」
それでも、後ろ髪引かれるように退室したアンを見送り、最近は使用人や護衛まで過保護になってしまったと少しだけため息をつく。
シルビアにとっては、そこまで守られるほど自分に価値があるなんて、とても思えないというのに。
なぜか、周囲はこわれ物のように、宝物のようにシルビアに接する。
「全て、ライナス様のおかげですね……」
ほんの少し前まで冷たい神殿最下層の床に寝ていたというのに、中央神殿の祈りの間に引かれた毛足の長い絨毯は、足が沈み込むほどだ。
シルビアは祈りの間の祭壇に飾られた聖女の像に向き合う。
「でも、ここじゃない」
神殿には清浄な気を発する場所が必ず存在する。
もちろんここは、一部の人間しか入ることがない神聖な場所だ。
けれど、この場所を満たす魔力、あるいは神気は、この奥から感じられる。
だが、恐らくそのことが分かるのは、シルビアや嗅覚、あるいは勘のようなものに優れたライナスだけだろう。
「ここだわ」
床に四つん這いになって探していると、祭壇の裏の壁から、爽やかな空気が漏れ出す場所があった。
壁に触れると、小さな彼女にしか通れないであろう隙間が現れる。
「……ふふ。ライナス様には、見つけることが出来ても、通り抜けるのは難しそう」
そのまま進んだ奥に、明らかに古いものと分かる角が丸くなった石造りの階段があった。
明らかに、清らかな気配はその奥から続いている。
不思議なことに、その気配に重なるようにもう一つ存在するのは、シルビアのよく知る気配だ。
そう、それは世界で一番シルビアの心を揺り動かす。シルビアは思わず最近では一番呼んでいるであろう、その名を口にしていた。
「……ライナス様」
その瞬間、シルビアの脳裏に浮かんだのは、捕らえられたライナスの姿だった。
その横で笑うのは王太后。そして、見知らぬ黒髪の少女。
その少女の左肩には、シルビアと同じ薔薇の花の印がはっきりと見える。
けれど、シルビアはそれが偽物なのだと確信した。
次の瞬間、拘束されたライナスが、抵抗しようとして打ち据えられた。
淡い紫の瞳が、色を深める。
周囲に誰かいれば、その神々しさにひれ伏したかもしれない。
そんなことに、気がつかないまま、キッと唇を引き結んだシルビアは、小さな手で、ドレスの裾をたぐり寄せ、白く細い足をあらわにする。
そのまま階段をを駆け下りていったその場所には、白いハイヒールの靴だけが残された。
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