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狼閣下と聖女 3


 目覚めたシルビアは、眠る直前の出来事を思い返した。

 今でも、信じられない。

 ライナスとずっと一緒にいられるなんて。


 けれど、いつもであれば目覚めたときにそばにいてくれるはずのライナスの姿はなかった。


「……ライナス様?」


 少しだけ胸にくすぶり、幸せな気持ちを塗り替えてしまう不安。

 シルビアは、ベッドの端に座り、そして立ち上がると、いつの間にか着替えさせられていた部屋着からドレスへと着替えた。


「どなたかいますか?」


 扉を開けてそっと声をかけると、一人の侍女が現れる。

 アンと名乗ったこの侍女は、シルビアが屋敷に来てからいつもそばにいてくれる。


「アンさん、あの……」

「ライナス様でしょうか」


 不思議なことに、ほとんどの使用人は、ライナスのことを旦那様と呼ぶのに、執事とこの侍女だけは、ライナスのことを名前で呼ぶ。


 そのことに、今さらながら首をかしげるシルビア。


「あの……」

「ライナス様は、王宮に行っておられます」

「そうですか……」


 王弟であるライナスが、王宮に行くのは別に不思議なことではない。

 ましてや、王国軍のトップなのだ。検討事項だってあるのだろう。


 それなのに、シルビアの心中は、薄暗い不安と予感で占められていく。

 どうしてなのか、分からないのに。


「予感を大事にしなさいって、長老様は仰っていました」

「シルビア様?」


 薄水色の髪を高く結んだ侍女は、無表情のまま首をかしげる。


「……この国の中央神殿に行きたいです」


 強い予感は、聖女にとって神託の兆しだ。

 けれど、どこででも神託を受けられるわけではない。


「中央神殿は、王宮の中にあります」

「そうですか。私はもちろん、入る資格がありますよね?」

「……もちろんです」


 シルビアは、黙って立ち上がり、クローゼットルームへと向かう。

 いつの間にか揃えられてしまった色とりどりのドレス。

 その奥には、聖女にふさわしい白いドレスが並んでいる。


「これにします」


 シルビアは、その中でひときわ上質なドレスを手にした。

 飾り気のないドレスだが、素材はおそらく早々手に入らないものだろう。


「このドレスだけ、魔力を帯びているもの」

「よく、お分かりですね。ライナス様が討伐された竜の素材が使われております」

「そう、竜の……」


 長老様に習った生き物の中でも、最も高位に位置する存在。

 そんなものを倒せてしまうライナスにも、その素材でドレスを作ってしまったことにも驚く。


「あの頃みたいに、いろいろ見えるようになってきた……」


 ドレスに触れたとたんに、流れ込んできたのは、竜の討伐の帰りに満身創痍のライナスの部隊に何者かが襲いかかった映像だ。


「……ライナス様が、右肩に受けていた呪いの傷」


 幼い頃シルビアは、いつでも兆しのように過去を見ていた。神殿で暮らすようになってからは、祈りとともに未来も。


 そう、公爵家の令嬢に聖女の印が現れるまでは。


「そう、竜の討伐の帰りに襲われたのね」

「……なぜ。いいえ、聖女様を前に詮無いことを申しました。その通りです。それからも、ライナス様は強かったですが、竜を倒したときほどの実力を取り戻すことはできませんでした」

「そう……」

「シルビア様と出会ってから、徐々に以前の力を取り戻しておられるようです」


 シルビアは振り返り、ほんの少し悲しそうに微笑んだ。

 戦う力があるという言葉、その言葉に浮かぶのは、戦いつづけるライナスの姿なのだから。


「行きましょう」


 けれどシルビアは、同時に決意した。

 ずっと一緒にいると約束したなら、戦うライナスの隣ですら、シルビアの居場所なのだと。

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