聖女、王宮に招待される 7
夜会の会場には、すでに多くの人がいた。
姿を見せた二人に、ざわめきが大きくなる。
聞こえよがしな会話が、その中には紛れていた。
「――――神殿の最下層で暮らしていたらしい」
「偽聖女だと隣国で言われいたとか……。やはり偽物ではないのか」
そのほとんどが、シルビアの出自に関するものだった。
しかし、ライナスが声の主を人にらみすれば、途端に会話は途切れる。
「……気にするなよ」
「言われ慣れているので、問題ありません」
「それも腹が立つな……」
「……なぜ?」
「シルビアは、俺の妻だ」
シルビアをエスコートする腕に力が入る。
少しだけ怒ったようにライナスは足を速めた。
まっすぐ、会場の中心に足を向ける。
「陛下が来るまでは、のんびり待つ以外にない」
「そうですか……」
もっと、周囲に囲まれてひどいことを言われるのではないかと思っていたシルビアは、密かに拍子抜けしていた。
そもそも、自分がこんな場所に立っているなんて今でも信じられないのだ。
先ほどの、偽物という言葉だって、それは本当のことかもしれない。
「――――ライナス様」
「……はあ。のんびりさせても貰えないか。王太后陛下がいらしたようだ」
そういえば、ライナスは王弟殿下なのに、周囲になぜか閣下と呼ばれている。
王族としての責務を果たそうとしながら、王族であることを認められていないような……。
頭を下げたライナスに習い、シルビアも頭を下げる。
近くまで来た足音が不意に止まり、声が掛けられた。
「あら、王宮に来るなんて珍しいわ……。その姿が恥ずかしいからと、いつも戦場にばかり行っているのではなかったの?」
「……ご無沙汰しております」
静まり返った会場。シルビアは、義理ではあっても母親のはずの王太后の言葉に驚いて、頭を下げたまま目を見開いた。
「まあ、どこで生まれたかも分からない、偽物聖女を連れて来て、我が祖国からの縁談を断るなど、さすがに卑しい血筋の側妃から生まれただけあるわ」
あまりに、明らかな侮蔑にシルビアは青ざめて震えた。
もちろん、シルビアが言われたことは、どうでもいいのだ。
ただ、ライナスと彼の母までも、こんなにも直接的な言葉で侮辱するなど、シルビアには許せなかった。
「――――シルビアは、確かに聖女です。美しく優しく、俺にはもったいない妻です」
「まあ……。確かに、見た目は美しいわね。そうね。きっと、そうやって、男を魅了してきたのでしょう。ライナス、あなたの母親によく似ているわ」
「――――王太后陛下。流石にお言葉が……。シルビア?」
シルビアは、頭を下げるのをやめて、正面を向いた。
紫色の瞳は、色を深めて今はギラギラと輝くようだ。
「ライナス様は、素晴らしいお方です。側妃様だって、ライナス様を見れば素敵な方だったって分かります」
「シルビア……俺のことは」
「ダメです。そんなの私、許せません」
止めることができないオレンジ色の光が、二人のことを包み込んだ。
会場中の人間が息を詰めて見つめる中、まぶしい光は数秒ほどで消え去る。
次の瞬間、会場のざわめきは最高潮になった。
「――――まさか」
王太后の手から、扇が落ちてバサリと音を立てる。
今、シルビアの隣に立っているのは、先ほどまでの狼頭の王弟ではない。
「――――シルビア」
「…………あ、あれ? ライナス様。そのお姿はいったい」
「無意識か……。はあ、仕方がない」
ライナスが微笑めば、会場中の貴婦人たちが頬を赤らめてため息をついた。
シルビアと共に並んでいる姿は、誰も異議を唱えることなど出来ない絶世の美男だ。
「――――そうですね。それで、聖女が偽物だと仰いましたか? 我々が王族でいられるのは、この血を精霊が認めてくれるからです。精霊が認める唯一の存在、聖女を貶めるのは王族の言葉としてあまりおすすめできませんね?」
「……今日は、気分が優れないの。これで失礼するわ」
背中を向けて、王太后は退場していく。
シルビアは、おずおずとライナスの手を握って、不安そうに見上げる。
「あの……。もしかして、そのお姿は私が」
「それしか考えられないな」
正装に身を包んだ、銀の髪に金色の瞳を持つライナスは、どう考えても王子様そのものだ。
そして、もしかすると、この国では不吉だとされている黒髪と赤い目を持つ国王陛下よりも周囲には王族としてふさわしく見えるかもしれない……。
周囲の思惑に気がついたライナスは、密かに眉間に皺を寄せる。
自分が狼のような姿になり、王位継承争いからは引くことになった幼い日。
そして、母も亡くしたそれ以降、ライナスは死を願われているかのごとく、王太后の手により繰り返し戦場に送り出されてきた。
しかし、聖女の力で元の姿を取り戻すことが出来るのであれば、王宮におけるライナスの扱いは大きく変わるだろう。
ライナスは、それにも関わらずため息をそっとついた。
少々面倒なことになるだろう予感を胸にして。
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