聖女、王宮に招待される 4
* * *
「どうもおかしいです……」
山積みの薬草を煎じながら、シルビアは違和感を感じていた。
室内には、独特の香りが充満している。
吹きこぼれてしまわないように注意しながら、大きな鍋の中に入った液体を長い棒でかき回し、それと同時に、魔力を込めていく。
王都では今、下痢や嘔吐を主症状とした感染症が蔓延している。
このため、シルビアは薬作りを買って出たのだ。
戦後処理が大量にあるライナスは、途中までは、しつこいほどに薬作りに反対していたが、シルビアが諦めないとみるや「絶対に無理をしません」と3回も誓わせてようやく出かけていった。
シルビアは、6歳になるまでは薬草を使っての治療よりも、直接魔法を使うことを得意としていた。
しかし、公爵家令嬢に聖女の印が現れたのと、ほぼ時を同じくして魔法を使うとすぐに眠り込んでしまうようになったのだ。
魔力を使うたび、倒れるように眠り込んでしまったシルビア。
心配するライナスの過保護は増すばかりなのだった。
「やっぱりおかしいです……」
すでにシルビアの前には、たくさんの薬が並べられている。
遮光瓶に入れられたそれは、王都中とまではいかないまでも、重症の人たちには行き渡るに違いない。
もう一度、仕上げに治癒魔法を掛けながらシルビアは思う。
――――まったく眠くならない、と。
「シルビア様。おお、これはすごい量ですね」
「スティーブさん……」
見つかってしまったと、少しばつが悪そうな表情をしたシルビアを前に、執事は穏やかな笑顔を見せる。
もちろん、ライナスに頼まれてシルビアの様子を見に来たに違いない。
「それにしても、お体は大丈夫なのですか?」
「……不思議なことに、大丈夫なのです」
「この量、上級魔術師が十人いたとしても、作るのは難しいと思いますが……」
「……症状の重い人に行き渡るよう手配して貰えますか?」
執事は、一つ頷くと、シルビアをソファーに座らせて、目の前にお菓子を置いた。
「これ以上無理されますと、私が旦那様に叱られてしまいます」
「はい……」
これだけたくさん作ってしまったのだ。
ライナスに知られたら、怒られてしまうかもしれない、と密かに心配するシルビア。
その表情を見て察したのか、執事はにっこり笑うと紅茶を差し出した。
「ありがとうございます」
「え?」
「これで、助かる民も多いことでしょう。代表してお礼申し上げます」
「……」
そう言うと、人を集めて執事は慌ただしく出かけていった。
一人取り残された室内で、疲れているからと配慮してくれたのだろう、いつもより少し甘い紅茶を口にする。
温かい液体が喉元を過ぎれば、まるでシルビアの心を溶かしていくようだ。
「お礼、言われた……」
もちろん、道中でもライナスやその部下たちは、シルビアに礼を言った。
けれど、シルビアは薬を作って誰かに感謝されるという経験がほとんどない。
薬作りとは強要されるものだったから……。
紅茶だけのせいではないのだろう、胸がこんなに温かくなるのは。
「――――そっか、嬉しいんだ。誰かの役に立てて」
ライナスの役に立ちたいと作り始めた治療薬。
けれど、ライナスの役に立てたことと同時に、誰かの役に立てたことがとても嬉しい。
シルビアは、胸に手を当てる。
まだまだ、細く華奢な体は、けれどずいぶん疲れにくくなってきた。
何でも喜んで食べるシルビアに、ライナスの屋敷の人間はみんなで何かを与えようとする。
それは、濃厚でとろけるようなキャラメルであったり、色とりどりのケーキであったり、もぎたての果物などシルビアが知らなかった物ばかりだ。
「――――そう、ですよね」
長老様は、人の役に立つことを喜ばしいと思えば、精霊は聖女に力を与えると言っていた。
それは、公爵家令嬢に聖女の印が現れてから、周囲が敵ばかりだったシルビアには、理解できない言葉だった。
シルビアは、紅茶を飲み干すと、もう一度薬を作り始める。
そして、さすがに先ほどと同じ量を作り上げたところで、猛烈な眠気に襲われて眠り込んでしまったのだった。
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