聖女、王宮に招待される 2
頭を下げたままのシルビアを見つめる国王陛下は、人の姿のライナスとよく似ているが、まとう雰囲気は明らかに違う。
どこかしら甘く、情に厚いライナスと違い、目の前の人にはわずかな隙もない。
これが王者の風格というものなのかとシルビアは思った。
浮かぶのは長老様の言葉だ。
聖女として振る舞う必要があるときは、相手よりも高い位置にいなさい、と。
たとえそれが王族であろうと頭を垂れる必要はない。
聖女として振る舞うことなんてない、そう思っていたシルビア。
けれど、今がきっとそのときなのだろう。
下げていた頭を上げ、まっすぐに立つ。
そこには確かに、どこか傲慢で、それでいて慈愛に溢れた精霊唯一の遣い、聖女がいた。
国王の周囲に控えていた騎士たちは、シルビアが許しなく頭を上げたことで剣に触れた手を知らぬ間に下げていた。
「改めてご挨拶申し上げます。ライナス様の妻、聖女シルビアです」
まっすぐに国王陛下を見つめるのは、宝石のように輝く紫の瞳。
微笑んでいる口元を眺めていたライナスは、知らない表情だ、と思った。
「面白い。妃がまだいなければ、聖女を迎えるというのも一つの案だったな」
「っ、陛下」
「弟の滅多に見られない、焦った顔も見れる」
緊張感で刺すような空気と、静まりかえった玄関ホール。
しかし、国王陛下の破顔にその場の凍り付いた雰囲気は霧散した。
「まあ、少しだけ、弟の妻に挨拶をしに来ただけだ。そろそろ去るが、三日後に王宮に来てくれるか」
「陛下の仰せのままに」
「ああ。ライナスを婿にと婚姻を申し込んできたのは、大国の姫君だ。家臣たちを説得する必要がある」
「……それは」
「……分かっている。ライナスは、我が国にとって欠くことが出来ない武の象徴。向こうの国に渡してしまえば、国防に影響が出るだろう。それがあちらの狙いだ」
沈黙の中、国王陛下はライナスとシルビアに背中を向けた。
バサリ、と音を立てたマントを見つめながら、大国の姫との婚姻は名ばかりで、ライナスは人質に過ぎないのだとシルビアは理解する。
それでも、この国にとってそれが必要なのであれば、きっとライナスはそれを受け入れたのだろうとも。
――――それはとても嫌な想像だ。
「どうしてこんなにも、嫌だと思うのでしょうか」
「……はあ。シルビア、大丈夫か?」
「え?」
ライナスが、気遣うように見つめていたことにようやく気がついたシルビア。
「ライナス様」
「ああ」
「私、ライナス様を大国の姫君には渡しません!」
「……急にどうした」
一瞬呆けた顔になったライナス。
しかし、それはシルビアの優しさで、天然なように見えても案外聡い彼女が、大国の姫とライナスの結婚に伴うあちらの意図に気がついたのだと思い当たる。
「そうか、ではこれからも付き合ってくれ」
そう言ってライナスはシルビアを抱きしめる。
まさか、話題のお相手と後日出会ってしまうなんて、知りもしないで。
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