聖女、契約妻を拝命する 1
シリアスの合間に、ゆるく書きます。
もちろん、もふもふ溺愛です。
地下三階の神殿最下層。
光魔法の高い素質を持ちながらも、平民出身のシルビアは、今日も地上から水を運んでいた。
生まれたときに受けた聖女の印。
聖女になるために引き取られたはずが、6歳の時公爵家のお姫様にも同じ印が現れたため、偽物として地下で暮らすように命じられたのだ。
偽物であれば、殺してしまえという声が多かったのに、なぜかシルビアは殺されることなく、今も神殿の最下層で暮らしている。
靴も与えられず、素肌のままの足は、寒さから赤くなって痛々しい。
でも、それがシルビアの日常だ。
「大丈夫? ほら、お水飲んで」
「シルビアちゃん、すまないねぇ」
腰の曲がった長老様は、シルビアが差し出した杯を手に取り、少しずつ水をすすった。
途中むせてしまったので、そっと背中をさする。
「……シルビアちゃん、地上の様子はどうだった?」
シルビアは、少しの間沈黙した後、口を開いた。
「遠くの方で火の手が上がっていました。もう、隣国の兵は近くまで来ているようです」
「そうか……。シルビアちゃんも、そろそろここを離れて逃げなさい」
「長老様は……」
「私は、ここを離れるわけにはいかない。こんな国でも、思い入れがあるからね」
「……では、私もここにいます」
長老様は、シルビアの瞳をまっすぐに見つめ、何かを言おうとした。
けれど、ここを出たところでシルビアがどこにも行く当てもなく、いまだ聖女候補の彼女が神殿を離れることは重罪になるため、それ以上の言葉を発することが出来なかった。
「シルビアちゃん、これを持っていなさい」
その小さな手に渡されたのは、淡い水色の宝石がはめ込まれた首飾りだ。
粗末な糸にくくられているそれは、場違いな輝きを放っていた。
「これは?」
「聖女の証」
「え? なぜ、そんな大事な物を私に」
長老様は、かつて王国の民全てに崇められる大聖女だったらしい。
けれど、今は望んで最下層に暮らす不思議なお方だ。
シルビアは、長老様から治癒魔法や防御魔法、そして薬草の知識を教わっている。
「――――本物だから」
「え?」
真意をただそうとした途端、古びた扉が勢いよく吹き飛んだ。
振り返った視線の先には、全身真っ白、返り血で所々赤く染まった巨大な人影がいた。
「………………お。こんなところに隠していたか」
近くに寄れば、その人は狼の顔をしていた。
全身毛むくじゃらで、恐怖のあまりに叫びそうになった口元をシルビアは慌てて覆い隠した。
「偽物を聖女だと差しだそうとするとは。この国も終わりだな……」
「偽物?」
「しかし、こんなボロボロの格好をさせているとは……。いや、本当によい扱いを受けていなかったようだな」
じろじろとぶしつけな視線を向けていた狼頭の男性は、シルビアの足元を見て眉をひそめた。
冷たい石造りの神殿の地下。素足が痛々しい。
なぜかしゃがみ込んだ男性は、おもむろにマントの端を剣で破くとシルビアの小さな足に巻いた。
「これでいいだろう。少しはましなはずだ」
呆然と見上げたシルビアに、狼のような男性はニカッと笑いかける。
白い毛並みと裂けた口元から、とがった犬歯が覗く。
「ありがとう、ございます……」
「ん? 怖がらないのか? さすが聖女様」
「聖女様なんて……。私は」
「…………間違いなく、聖女だろう? 清浄な気があふれている。とりあえず、今から一年間、俺の嫁になれ」
紫色の瞳を瞬いて、狼のような男性をシルビアは見上げた。
思いのほか、その金色の瞳は優しげにシルビアを見つめている。
「……あの、あなたのお嫁さんになるのですか? ……私なんかが?」
「磨けば光りそうな美貌だな。お前、狼閣下と言ったら分かるか?」
「いえ……」
「そこの、やっぱり聖女か。……高貴なお方は?」
「存じておりますとも。けれど、どうしてこの子を?」
狼閣下と名乗った男性は、もう一度ニカッと犬歯を覗かせた。
「王女からの求婚を断る理由には、聖女様くらいしかないだろう?」
「なるほど」
何がなるほどなのだろう?
首を傾げているうちに、シルビアは狼閣下に担ぎ上げられた。
「幸せになるんだよ……」
「え? ちょ、長老様!?」
そのまま、シルビアは馬車に押し込まれ、連れ去られてしまう。
故郷の王国が完全に隣国に支配されたのは、それからすぐのことだった。
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